9-② 誓い
考えてみれば、いいや、考えてみずとも、遅かれ早かれこのような状況になることは解っていたことだった。皇帝陛下の寵愛の行方。それはお妃様方のお心だけの問題ではなく、そのまま彼女達の生家の権力へと繋がるものなのだから。
「いくら僕が選任したとはいえ、あくまでも君は平民だ。わざわざ
「ああー……。それはまた、光栄でございますと申しますかなんと申しますか……」
光栄ではあるけれどもまったくありがたくないし、こんなことになるくらいならばなんなら素直にこれっぽっちも嬉しくない。
そりゃあもちろん、覇王とうたわれる我らが皇帝陛下に、
「
「…………いや、その、妃達よりも君の方が、ってところを見せ付けなくてはならいっていうのは、最初から君だって解っていたことでしょう? ほ、ほら、妃達よりも優れた
「それにしても
「だ、だって、君の
「……」
まるで迷子になった幼子のようにおどおどと余裕をなくす
まったくもって彼らしくない、いつもの鷹揚な様子なんてかけらも見当たらない、すっかりしょぼくれた様子を前にしたら、もう怒る気にも焦る気にもなれない。私とお妃様方の
「
「失礼ながら、その謝罪は受け取れません」
「っ!」
私と
――
私との『賭け』をなかったことにされた彼は、また別の誰かと、『賭け』を始めるのだろうか。不思議なことに、それは少々……ううん、なんだか無性に、ものすごくおもしろくない。
なんと表現したらいいのか解らない、そのもやもやとした感情は、そのまま顔に出てしまったらしい。むすっと眉根を寄せた私を見下ろして、
「やはり
「いえ、
「……
きょとん、と金色の瞳を瞬かせる
見開かれていく金色の瞳をまっすぐに見上げてから、最上級の敬意を込めて一礼してみせる。
「その
「っ
「君は解っていない、
何より、と低く続けてから、ひとたび
「君には護牌官がいないでしょう。いくら白妃という例外があるとはいえ、まさか君まで護牌官なしで
あ、やっぱり白妃様は護牌官なしで
「もちろんそのつもりですが」
今更私が自分で護牌官を用意できるわけがないし、
護牌官なしで臨む
その上でその
「…………君、頭は悪くないし、それなりに敏いし、まあまあ賢い部類に入る好ましい女性だと思っていたのだけれど、もしかしてもしかしなくても僕が好かない馬鹿だった?」
「失礼な」
そこまでおっしゃいますか、と物申したくなるくらいにものすごくこき下ろされてしまった。褒められている部分すら絶妙に褒められているとは思えないこの言い回し、あんまりではなかろうか。むっと眉をひそめてみせると、その眉間がびしんっと人差し指で弾かれる。
痛い。酷い。抗議の意味を込めて犯人を見上げると、その犯人である
「だったら」
「はい?」
「だったら、僕が君の護牌官になる」
「……はい?」
なんか言い出したぞこの覇王サマ。
唖然と固まる私のことなどなんのその、
「そうだ、そうしよう。
「え、あの、
「それに」
「え」
皇帝が
それなのに目の前の覇王サマときたら、さも名案だとばかりにきらきらと瞳を輝かせて、にっこりと私に笑いかけてくる。
「何より、僕こそが、君を守ることができる」
だからそうしよう、と嬉しそうに笑っていらっしゃるけれども、ここで「ならばお願いします」なんて言える馬鹿がどこにいるというのか。
先ほどこのお方は私のことを馬鹿扱いしてくださったけれども、ご自分のほうがよっぽどである。なんだ、この方に何が起こったというのか。いや何が起こったにしても関係ない。ここで私がすべきことはただ一つ。
「お断りいたします」
そう、覇王サマのありがた~~いご提案を、却下させていただくことである。すっぱりはっきりさっぱり、我ながら取り付く島も、手を伸ばす先の藁すらもないようなイイ笑顔でお断りしたところ、逆に
「ど、どうして?」
「どうしても何もございません。当たり前でしょうに」
「僕がいいって言っているのに?」
「“皇帝陛下”がおっしゃっていらっしゃるならば、なおさらにございます」
「っ」
麗しの佳人の悲痛な姿にぐっと胸が締め付けられるような気がしないでもなかったけれど、この方の性格を鑑みるに、間違いなくその様子は演技である。彼が私を心配してくださる想いに疑いはない。ないのだがしかし、そのやり方はいただけない。ずるいお方、と苦笑して、私は思わずその手を彼の頬へと伸ばした。無礼だと解っていながらも、そっとその滑らかな肌に触れる。とがめられることはなかった。むしろ甘えるようにすり寄ってくる彼に、ふふ、とつい笑ってしまう。
「
「……だって、僕が君を守りたいのに」
「そのお気持ちに、私はお答えいたします」
「どうやって」
「もちろん、
笑う。笑ってみせる。息を呑む
「見ていてくださいませ、
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