5-② 四季
そんな私の気持ちが伝わったのか、前を向いたまま、陛下はふいに、その袖口から一枚の
「春家の青妃は
陛下の手の
宙に生まれた木々が、陽の光を受けて、その青々とした葉を風にそよがせる。なんて心地よい『木』の
この
なんて見事な筆なのか、と感嘆する間もなく、その
けれど陛下は気にした様子もなく、二枚目の
「夏家の朱妃は
こちらに見えるように示された
陛下の呼び声に応え、
十四歳で、これほどとは。四年前の私がこれほどまでの
そんな『火』の
「秋家の妃は
陛下の手にあるのは、白い顔料を用いるときに使われる、墨染の
そこから生まれたのは、白銀の輝き。
ぎらぎらと陽の光を反射するのは、圧倒的な『金』の
その姿に息を呑む私の目の前で、そうしてまた
「お察しの通り、これが最後だ。
こちらに見せ付けられた
描き手の想いの丈が、ありったけ込められたような
それまで陛下に続いて、彼と同じように決して足を止めなかったと言うのにとうとう足を止めて立ち竦むと、くつくつと喉を鳴らす心地よい声が耳朶を打つ。
「ごめんね。
「はあ……さようでございますね……」
そんなことくらい、
「……黒妃様は、陛下にもっともご執心でいらっしゃる?」
「正解。察しがよくて何よりだ」
「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます」
別に褒められたからと言って、ここで素直に喜び嬉しくなれるほど、のほほんとしてはいられないけれども。
先程の『水』の
そんな気持ちを込めて、気付けばこちらにきちんと向き直っていらした陛下を見つめ返すと、彼は困ったように苦笑した。
「冬家の黒妃は
他人事のようにおっしゃるが、言っていることはこの
皇帝の妃は四大貴族から排出され、それぞれが授かる御子は、皇帝と同じく姓はなく、代わりに春家、夏家、秋家、冬家ごとの妃と同様に、色彩の称号と、太子、あるいは公主の称号を合わせて授かる。たとえば、春家の青妃が産んだ男児は青太子、秋家の白妃が産んだ女児は白公主、というように、と言えば解りやすいだろうか。
そしていよいよ次代の皇帝が決まったとき、必然的に、母である妃の出身である四大貴族の一角がより強い権力を持つようになる、とは、言わずとも知れた事実である。いくら皇帝とその御子が『姓』に、つまるところの『家』に縛られない存在であるとされていても、現実問題として、それは簡単な話ではない。お貴族様の血筋であるわけでも、豪商との取引があるわけでもない平々凡々な民の一人であるはぐれ
その渦巻くなんとかかんとか、もとい次世代の皇帝に次ぐ最高権力者予定の存在を、現在の最高権力者そのひとがほぼほぼ確定の未来として語ったというこの事実。繰り返そう。聞かなかったことにしたい。
私の顔色が明らかに悪くなったことに当たり前だが気付いたらしい陛下は、苦笑をさらに深めて、手に持っていたずたずたの
「だから、言ったでしょう。僕は子を成す気はないって。だから
「あ……」
あ、ああ、そうだ。そうだった。だからこその私と彼の『賭け』が存在するのだ。私にとって、絶対に負けられない、『賭け』が。
慌ててこくこくと何度も頷くと、陛下は苦笑を満足げなそれへと変えて、くるりと踵を返し、私に背を向けて歩き出す。
「さあ、ついておいで。もう着くよ」
「は、はい」
いよいよ着いてしまうらしい。私にとっての死地の最前線、もとい、お妃様方との初対面の場となる、お茶会の会場たる東屋へ。
ここに来てもなお引き返したくてたまらないのだけれど、引き返しても何一つ事態は好転しないし、これ以上進んだって現状以上に悪くなることがあるとも思えないので、大人しく粛々として陛下の後に続く。
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