第4話(4)彩のゴスロリ

「す、すごいよ、竜子、4連勝だよ!」


 太郎が興奮して声を上げる。


「そうね。でも太郎、ちょっと静かに……」


「う、うん……」


 太郎が口元を慌てて抑える。


「ここまでとは……予想以上だな……」


「ひょっとするかもしれないでしょ?」


 やや唖然とするパパにママが話しかける。


「うん、ただ……」


「ただ?」


「予選ブロックは1位にならないと決勝トーナメントには行けない狭き門だ。2位以下だと順位決定戦の方に進むことになる……」


「決勝トーナメントじゃないと、優勝は狙えないわね」


「ああ、このHブロックはもう一人、全勝の子が残っている……」


「その子との直接対決ね……」


「うん」


「どうなの? その子の実力は?」


「分からない……」


「分からない?」


 ママが首を捻る。


「いや、さっきから竜子の方を見つつ、その子の対局も見てみようかと思ったんだけど、既に終わっていてさ……」


「ということは……」


「相手を早々と投了させているってことだよ……」


「それは……」


「かなりの実力者であるということは間違いないね……」


「ふむ……」


「竜子……」


 パパとママ、そして太郎が心配そうに竜子の方を見つめる。


「ふう……」


 竜子が席に座る。向かいにはゴスロリの恰好をした女の子が座る。係員が告げる。


「それでは振り駒を……」


「ん……」


 黒髪ロングのゴスロリの女の子が右手を差し出す。


「え?」


「……手のひらを用いた決闘……」


「は?」


「……決まり切った文句を発するもの……」


「あ、ああ、じゃんけんか……同い年なんじゃな……」


「うん……」


「じゃんけん……ぽん!」


 ゴスロリの女の子がグーを出し、竜子がチョキを出す。


「……先の手……」


「また後手か……今日はとことんツイてないの……」


 竜子が苦笑しながら、チェスクロックを自分の押しやすいところに置く。こういった大会の場合、後手はチェスクロックの置き場所を決められる。係員が告げる。


「それでは、Hブロック、第五局を始めてください」


「お願いします……」


「お願いします」


 ゴスロリの女の子と竜子が互いに頭を下げる。


「……」


(居飛車でくるか……これは対抗型じゃな)


 竜子が振り飛車で臨む。


「ゴキゲン中飛車……」


「ああ、そうじゃ」


「そのゴキゲンがどこまで続くのか……」


「はあ?」


「次第に貴女は不機嫌と化す……」


 ゴスロリの女の子が左手で自分の顔を抑えながら、指す。


「さっきから妙にわけの分からんことを言っておるのう……」


「要は……敗北の辛酸を舐めるということ」


「ほう、言ってくれるではないか。こっちは4連勝中じゃぞ?」


「我も4連勝……これで5連勝になるけれど……」


 ゴスロリの女の子が指折り数えて、手のひらで5を表す。


「面白い、ゴスロリ居飛車VSゴキゲン中飛車じゃな……!」


 竜子が笑みを浮かべながら、次の一手を指す。


「………」


「ふん……!」


「…………」


「それ……!」


「……………」


「ほい……!」


「………………」


「……どうした? 不機嫌にするのではなかったのか?」


 竜子が尋ねる。ゴスロリの女の子が頷く。


「うん………」


「今のところ、ワシが大分優勢のようじゃが?」


「確かに……このままでは我の敗色濃厚……」


「素直に認めるんじゃな……」


「だけど……」


「うん?」


「色というものはその都度変化する……!」


「は?」


「……!」


「むっ!」


「………!」


「ぬっ‼」


「…………!」


「なっ⁉」


「……色が変化した……」


(たった三手――こちらも合わせて五手――で形勢が逆転したじゃと……⁉ ワシはゴキゲンに攻めていたはずなのに……ま、まさか、攻めさせられていたのか……⁉)


 竜子がハッとした表情でゴスロリの女の子を見つめる。


「……察しがついただけでも大したものではある……」


 ゴスロリの女の子が微笑を浮かべる。


「……じゃ」


「え?」


「……まだじゃ!」


「!」


 竜子の一手に対しゴスロリの女の子が表情をわずかに変える。


「どうじゃ?」


「それならば……‼」


「おっ⁉」


「……‼」


「うっ⁉」


「………‼」


「えっ⁉」


「ふふっ……」


(受け身がちだと思っておったら、いきなり前のめりに攻めてきた……! このような将棋も指せるのか……)


「この変化にも気付けるのなら、やはり大したもの……」


 顔色が変わった竜子を見て、ゴスロリの女の子が頷く。


「……そなた、異名は?」


「え?」


「これほどの腕前ならあるんじゃろう? 異名というか、二つ名みたいなものが……」


「……『さいたまの田中』」


「そういう適当なのではなく」


「『ゴスロリの彩り』……」


「あるんではないか」


「『彩りのゴスロリ』……」


「ど、どっちなんじゃ⁉」


「別にどちらでも構わない……」


 田中と名乗った女の子が首を静かに左右に振る。


「そういうものにこだわりそうだと思ったんじゃが……」


「興が湧かない……」


「そ、そうか……」


「そう」


「それにしても……彩りとは上手いことを言ったものじゃな」


「……分かるの?」


「その自由自在な指しまわし……まさに対局に彩りを加えるが如し……!」


「そこに気がつくとは……貴女はなかなか面白い……!」


 田中がニヤッと笑う。


「負けんぞ!」


「む……」


 そこからしばらく経ち……。係員が寄ってきて告げる。


「15分が経過しました……ここからは持ち時間3分の将棋になります」


「チェ、チェスクロックを使うのは初めてだ……」


「ここまでもつれるとはね……」


 太郎とママが呟く。


「ここからはいわゆる『早指し』だ……瞬発力も問われる……どうする?」


 パパが腕を組んで呟く。


「…………‼」


「くう……!」


「……………‼」


「ぬう……!」


「………………‼」


「むう……!」


「‼」


「……………………」


 竜子が飛車を不用意な位置に指す。


「焦ったか……」


 田中がすかさず飛車を取る。竜子がニヤリと笑う。


「……ふっ、引っかかったのう……」


「なに……⁉」


「こうじゃ!」


「⁉」


「そして……こうじゃ!」


「……ひ、飛車をわざと取らせたの?」


「そうじゃ、『ゴマスリ捨飛車』じゃ!」


「い、意味が分からない……! くっ、色が変わった……⁉ 覆せない……」


「……名前を聞いておくか、ワシは将野竜子じゃ」


「田中真理……」


「たなかまりか、覚えておこう」


「……負けました」


 真理が頭を下げる。竜子の5連勝、決勝トーナメント進出が決まった。

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