第2話(2)戦法について

「教えてくれと言われてもな~」


 パパが後頭部をポリポリと掻く。


「頼む!」


「いや、頼まれても……」


 竜子の勢いにパパは困惑する。


「とりあえず基本的なことを教えてあげれば良いでしょ?」


 ママが話す。


「基本的なことか……それじゃあ、まずは戦法を……」


「戦法⁉」


 竜子が目をキラキラと輝かせる。


「ほ、本格的だね……」


 竜子の隣に座る太郎がごくりと息を呑む。


「将棋の戦法というのは、2種類あるんだ」


 パパがピースサインを作る。


「なんじゃ、意外と少ないのお……」


「そうだね……」


 竜子の呟きに太郎が反応する。


「もっと……千種類くらいあるのかと……」


「そ、それはちょっと多すぎじゃないかな?」


「ははっ、大きく分けてだからね。細かく言えば、もっと色々とあるんだけど、まずはこの2種類を覚えておけばいいさ」


「ふむ……」


「2種類というのは、『居飛車』と『振り飛車』だよ」


「いびしゃ?」


「ふりびしゃ?」


 竜子と太郎が揃って首を傾げる。


「そうだよ」


「……ひょっとしたら、『飛車』が関係するということかの?」


 竜子が飛車の駒を手に取る。


「へえ、よく分かったね」


 パパが感心する。


「まあ、それくらいはなんとなく分かる……」


 竜子が飛車の駒を元に戻す。


「すごく簡単に言えば、飛車を動かさないのが、居飛車という戦法だ――もちろん、局面がある程度進めば、動かすことになるんだけどね――自分から積極的に攻めていくことが多いような戦法だね」


「飛車を動かさないのに?」


 太郎が首を傾げる。


「他にも駒はあるからね」


「ふ~ん」


「……やっぱり動かさないというのはちょっと適切ではないかな。この縦のラインで主に飛車を動かすんようにするんだ」


 パパは自らから向かって、右から二番目の列を指差す。


「縦のライン……」


「右から数えて二番目だから2筋というんだ。向かってそちら側は8筋だね」


「すじ……」


 竜子が顎をさすりながら呟く。


「居飛車というのもまあ、色々あるんだけれど……まあ、基本的なやつとしては……」


 パパが飛車の前の歩を進ませる。


「ふむ……」


「先手からすれば、2六歩というやつだね」


「2六歩……」


「将棋は縦のラインを『筋』と言い、横のラインを『段』という。筋には1~9の算用数字――算数とかで使う数字だね――を使う。段には一~九の漢数字を使う。数字と漢数字と漢字の組み合わせで、その駒がどこにいるのかがすぐに分かる」


「ほう……」


 竜子が腕を組む。


「上手な人同士ならば、単にこの組み合わせを言い合うだけでも将棋が指せるんだよ」


「ひえ~それはすごいね」


 太郎が小さく驚く。


「ちなみに先手は▲、後手は△だ。▲2六歩、△8四歩……という感じで表記する。それを見れば、後からでも途中からでも、どういう局面展開をしたかが分かる……さて」


 パパは2六歩をさらに一つ進ませる。


「飛車の前の歩を突き出す。飛車が攻めていくという意思表示じゃな」


「そう、これが居飛車の基本的な進め方だよ、もちろん他にも色々あるけれどね」


 竜子の言葉にパパは頷く。


「……振り飛車というのは、飛車を動かすんじゃな?」


「そうだね、飛車を初期位置から横に動かすのが、振り飛車だ」


「横に動かすことを『振る』というのか?」


「うん、そういう言い方をするね」


 竜子の質問にパパは首を縦に振る。


「うむ……」


「これが将棋の戦法だよ――戦型と言ってもいいけど――まずは居飛車か振り飛車の選択で始まるんだ」


「うん……」


「ちなみに……」


「ちなみに?」


「先手、後手ともに……つまり両方が同じ居飛車なら、『相居飛車』、同じ振り飛車なら、『相振り飛車』という言い方をするね」


「あい……」


「相、お互いに、ということだね」


「そ、それじゃあさ……」


 太郎がおずおずと手を挙げる。


「うん?」


「片方が居飛車で、もう片方が振り飛車ならどうなるの?」


「太郎、良い質問だね。その場合は『対抗形』という言い方になる」


「対抗形……」


「相居飛車で始まるとか、先手振り飛車、後手居飛車の対抗形とか言って、その局面を説明するのに便利だね」


「へえ……」


「……」


 竜子が盤面を眺めながら考え込む。


「竜子、君は居飛車、振り飛車どちらを選ぶんだい?」


「……どちらにもまたそれぞれ種類があるんじゃろう?」


「あ、ああ、そうだね」


「それを聞いてから判断する……」


「れ、冷静だね……」


「竜子、目がマジだね……」


 パパと太郎が竜子の圧に押される。

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