第6話 解体作業に向けて

「……それで作戦の内容は?」


 金庫のサイズが小型とはいえ、中身は何百、何千人という人に危害を加える爆弾なんだ。

 無謀な内容じゃないことを祈る。

 俺は妄想を膨らませ、恐る恐るシャーロット警視の案を訊いてみる。


「なーに。わたくしがこの爆弾を解体すれば早くて済む話さ」

「えっ、シャーロット警視ってそんなことまでできるの!?」

「あのな、貴様、警視を舐めきっているのか。きちんと資格は所持してるし、このくらい朝飯前だ」


 警察学校を卒業し、発砲技士補助の仕事を半年以上経験することなどで資格が取れ、火薬類取扱保安責任者資格より取得が難しいと言われている。

 国家試験にしては優しい難易度だが、警部と違い、自ら表に立たない警視が単独で所持してるのも珍しい。


江戸川えどがわ警部。万が一のことがあるから、このテントから少し離れてもらえるか」

「了解しました。シャーロット警視」


 余程よほどの自信家なのか、俺たちをテントの外へと追いやるシャーロット警視。

 そして江戸川警部の肩に左手を置き、目配せしながら、長い髪を手持ちの赤いゴムで結った。

 その瞬間、柑橘系の甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。


「おい、ちょっと待てよ。警視だからって女一人残すなんて」

「いいえ、これは彼女の意思ですので」

「だからってそれで許されるのかよ?」


 だが、それでは男としてのプライドが廃る。

 女は弱くて傷つきやすい生き物。

 力のある野郎に守られてなんぼだろ。


「ちょっと落ち着こうか。龍之助りゅうのすけ

「くっ、腹立つな。無名とはいえ、探偵業がこんなに無力な存在だったなんて……」


 俺はいきどおりを感じてしゃがみ、よく手入れされた足元の地面を殴る。

 土に綺麗な拳の跡がくっきりと残り、まるで自分の意志を尊重されているような気持ちになった。


「心配いらないよ、龍之助。シャーロットさんなら大丈夫だから。だって江戸川警部よりも偉い警視なんだよ。あっという間に終わらせて戻ってくるよ」

「警視だからって相手は人間なんだぞ。いくら訓練を受けていても爆発に巻き込まれたら……」


 俺は再び立ち上がり、言葉を濁しながらも、シャーロット警視を一人の女性として意識していた。

 だったら尚更なおさら、この事件を放っておけないだろう。


「それに犯人が、今度はどこに爆弾を仕掛けるか分からないんだ。貴重な警察官が減ったらそれこそ」


 警視は筆記試験ではなく、上司の意見によって決まる、圧倒的に少人数の階級だ。

 しかもシャーロット警視は、それなりに頭も冴えており、爆発物の処理もできるんだ。

 犯人の身元が特定できず、どこに潜んでるか不明な今、ここで野放しにするのは危険過ぎる。


『ジャジャジャジャーン♪』

「ほら、言ってる側からこれだ」


 いつもの暴れん坊時代劇の着信音が大音量で流れ、隣にいた愛理あいりが不機嫌そうに両耳を塞ぐ中、俺はすかさずスマホを耳に当てる。

 この爆弾魔には訊きたいことが山ほどあるんだ。

 そのために一言一句、聞き逃さないようにしないと。


神津龍之助かみつりゅうのすけ


 いつものように耳に届くボイスチェンジャーによる無気質な声色。

 しかも今度は親しい仲のつもりか、俺の名前を呼び捨てときたものだ。


「おい、コソコソしてないでいい加減に自首するんだ。その方が刑も軽くなるし」

『最後の爆弾を仕掛けた』

「人の話は最後まで聞けって」

『君の身近な人に鉄槌を』

「なっ、誰がだよ!」

『サラバダ』

「さらばじゃないぜ、せめてヒントくらい言えよな!」


『プツン……』


 ヒントを前にして途切れる通話。

 非通知だからかけ直すことも出来ない困りようだ。


 ──爆竹による警告から始まり、祭り会場で一つ目の爆破を宣言し、ドサクサに金庫の金を奪った犯人。

 そして二つの爆弾がクーラーボックスの中にあるような流れであり、最後の四個目は俺と親しい人ときた。

 これだけやり尽くしても会心の想いは見せない犯人に対し、虫唾むしずが走る。


「くそっ、言いたい放題喋って切りやがって。相変わらず身勝手なヤツだな」

「龍之助、最後の爆弾って?」

「ああ、スマホをスピーカーモードにして正解だったな」


 俺は自身のスマホを江戸川警部に手渡し、ノートPCからネットに繋いで、携帯電話の逆探知をお願いする。


「とりあえず愛理に訊きたいことがあるんだが……」

「うん、私でよければ」

「その場でジャンプだ」


 一昔前の不良がやっていた、金目のものがあるか知るために愛理に行動を促す。

 ジャラジャラと音がしたら小金持ち、ジュース一本でも奢って貰おうかな。


「ええっ!? 龍之助が好きそうな下着は履いてないし、今日はお気に入りのスカートだから、念のためスパッツ履いてるし!?」


 それは女の子の常識だし、俺なりに承知している。

 俺は下着に欲情する変態じゃなく、妙な性癖はない探偵だ。


「だったら何の罰ゲームよ」

「ならそのスカートのふんわり感が知りたいから、この場で一回転してくれないか」

「もう、健気な乙女に何をやらせるのよ」


 俺は回転中に地面に落ちた黒い小型のチップを拾い、大きく息を吐く。

 まあともかく、これで愛理が被害に遭うことはない。

 後はシャーロット警視の爆弾解体を待つだけだ。


「龍之助君、この場でセクハラの容疑で現行犯逮捕してもよろしいですかな?」

「いや、何で江戸川警部もそんなに事務的な対応なんだよ」

「いえいえ、ここの辺は開けているせいか、感度が良好でしてね。無線等もバッチリと通りまして」

「えっ?」


 無線という単語にさっきの犯人との会話を思い出す。

 ボイスチェンジャーの機械で声を変えていたが、今までは人としての感情が残っていた。

 でもさっきの通話では俺を無視して強引に話を進めて……そうか、それなら辻褄が合うな。


「どうしたの、龍之助。もしかして?」

「ああ、愛理。全ての謎だったジグソーのパズルが、たった今綺麗に完成したよ」

「龍之助君、それは本当ですか?」

「ああ、マジだよ。

それで愛理と警部に頼みがあるんだけどいいかな?」

「何なりと」

「うん」


 二人が探偵として輝く俺の目を見て、大きく頷いてみせる。


「二人ともありがとう。じゃあ、愛理はこの爆破事件に関わった、

水橋みずはしかおり、

東日流太蔵つがるたいぞう

青葉誠あおばまことの三人をこの駐車場に集めてくれないか。ここで真犯人を暴くからさ」

「分かったよ。龍之助はここに残るの?」

「そうだな。ちょっと江戸川警部と話したいことがあるからさ」

「うん。了解」


 愛理がこの場所から離れたのを確認した俺は、手鏡で髪を整えている警部に向き直る。

 この警部でしか出来ないこと、腐れ縁の愛理とは違い、先ほどの推理をおおやけにできるのはこの江戸川警部しかいない。


「それでお兄さんと話したいこととは?」

「ああ、ちょっとそちら関係に詳しそうだから試してみたいことがあってさ」

「なるほど、任務に差し支えがなければ是非とも」

「なら話は早いな……ヒソヒソ……」


 俺は江戸川警部に小声で呟きながら、メモ帳に書いたメッセージを警部だけに見せつけた。


 さあ、今度は俺がお前を追い詰めるターンだぞ。

 犠牲者ゼロとはいえ、連続爆弾魔の犯人め。

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神津龍之助(かみつりゅうのすけ)による殺人ゼロの事件ファイル ぴこたんすたー @kakucocoro

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