第5話 クーラーボックスの中身

「──さあて、神輿も担いだことだし、少しばかり休憩するか」

「お疲れ様です。東日流つがるおじさん。今日も暑い一日になりそうですね」

「そうだな。五月でこの気温じゃ、気が滅入ってしまうよ」


 東日流つがるおじさんがねじり鉢巻を外したのを見計らって、アタシがよく冷えたおしぼりを手渡す。

 五月にも関わらず、容赦なく当たる眩しい日射しに思わず目を細める。


「もしよろしければ町内会が下さったクーラーボックスで冷やしたアイスがありますので」

「おう、相変わらず、かおりちゃんは気が利いてんな。出店を切り盛りしてるだけのことはあるな」


 お昼前、腹が減っても昼まで我慢する11時はお客にとっては微妙な時間帯でもある。     

 実はこの時間は空いていて、他のバイト生に作業を任せてもいいとアタシなりに解釈していた。


 だからこうしてアイスで小腹を満たして、小一時間耐えてほしいと。

 ちなみにこの件は店長にも伝えていて、万が一のために出店を切り盛りできるようにしてある。


 まあ、それは流れ的な感じかな。

 店長は日頃から事務職でスタミナないし、神輿が集まる祭り会場の近辺にこの屋台があるから安心だ。

 いつでもアタシが駆けつけることができるのが一番の理由かな。


まこともちょっとは水橋みずはしの姉ちゃんを見習え」

「おい、オッサン。何でそこでオレの名前が出てくんだよ」


 東日流おじさんの目が、屋台にいる祭り衣装の一人の男の子に向けられる。

 アタシのクラスメイトでもある青葉誠あおばまことくんだ。   


 優しい顔立ちに見せかけ、口が悪い誠は機嫌が悪そうに小声で毒を吐き、山のように積まれたキャベツを切っている。

 焼きそばにそんなにも野菜を? と思いきや、よく考えたら昼ピークに向けての作り置きか。


「何でって、お前、かおりちゃんのことが好きなんだろ、だったら……」

「だああー、そんなわけないだろ。誰がこんなブスと!」


 誠くんの面食いな恋愛像には飽き飽きする。

 漫画じゃあるまいし、どのみちどんなに綺麗な女の人でも歳を重ねるとシワシワのおばあちゃんになるのにね。

 でも女の子はみんな可愛い一面があるし、それに対してブスは酷くない?


「青葉くーん。誰がブスだって?」

「いやあー、寝室のふすまに大きな穴開けちゃってさ。修理するのが大変でさー……」

「青葉、お姉さんの耳にはちゃんと聞こえてるのよ?」

「くっ、この妖怪地獄垢舐め女め」

「何ですってー!」


 アタシは誠くんの頭に軽くチョップを当てる。 

 相手は一種のコミュニケーションと思ってるようでヘラヘラと笑っていた。

 そこへ現場検証を終えたらしく、金髪の警察官がやって来る。


「それで警察のお兄さんはどうしてここに戻って?」

「ええ。少しばかり胸騒ぎがしてですねえ。未だに分からないことだらけですがね」


 お兄さんが困ったように首を捻り、小綺麗にされた警察手帳に目を通す。

 アナログの筆記から記憶を探り、必死に答えを探しているようだ。


「神輿を担ぐ最中さいちゅうに爆破と思いましたが、単なる脅しだったようでして……」

「ははは。お兄さん芸人みたいで面白いな。爆破って、ネットが普及したこのご時世に。テロじゃあるまいし」

「ええ。全く人騒がせですねえ。本当、テロじゃなくて一安心ですよ」


 東日流おじさんが陽気に笑い、お兄さんの肩に腕を回す。

 でも向こうの背丈が高いせいか、足が宙に浮いたぶっ恰好な状態になる。

 まるで体育祭の組体操のようで、それを見たアタシはツボに入り、何とか笑いをこらえていた。


「まあ平和が一番ってことさ。お兄さんもアイス食うかい?」

「いえ、お兄さんはダイエット中ですので」

「そうかい。じゃあ好きなの選ばせてもらうな」


 東日流おじさんがクーラーボックスを開けると山のようにアイスが積まれていた。


「おーい、ゾッコンラブな誠もアイス取っていいぞ。お前さんモナカとか好きだろ」

「さっきからきめえよ、オッサン!」


 アイスの一番上にのったモナカをゆっくりと手前の紙皿に置き、長袖でもないのに腕まくりをするおじさん。

「あれれ、袖もないのにドジ踏んだな!?」と苦々しく笑う中、本当、歳は取りたくないなと思う。


「はははっ。元気なことはいいことだ。じゃあ、おじさんはちょいと失敬して」

「はい、モナカにしますか?」

「いや、おじさんはかき氷の気分かな」

「かき氷なら奥の方にありますよ。アタシが取りましょうか?」

「ああ、じゃあ頼もうかな」


 アタシはおじさんに変わってクーラーボックスの中に手を突っ込んで、お目当てのアイスをさぐる。


「おい、ちょっとそのクーラーボックスを置け! くれぐれも静かにな!」

「あっ、はい……」


 そこへ愛理ちゃんのカッコいい彼氏も帰ってきて、大声を張り上げる。

 一体、何に興奮してるんだろう。

 この暑さ凌ぎに、彼もアイスが食べたいのかな?


「えっ、どうしたのです、龍之助りゅうのすけ君。そんなに血相を変えて?」


 江戸川えどがわ警部が龍之助くんの両肩をガッシリと掴む。

 一瞬、ボーイズラブルートが浮かんだけど、龍之助くんはノーマルだし、江戸川警部は無類の自分好きと愛理あいりちゃんから聞いたんだけどね……。


◇◆◇◆


「そりゃ、血相も変えたくもなるさ、江戸川警部。そのボックスには危険物の爆弾が入ってるんだから」

「なっ、何ですと?」


 ──この祭りに密集した狭いセキュリティ。

 ボックスに爆弾と、聞き慣れない言葉に周囲の人々がザワザワと騒ぎ始める。


「いいか、そのクーラーボックスを静かに置いて、できるだけ遠くに逃げるんだ」

「ええっ、でもこの周辺には何千というお祭りのスタッフやお客様もいまして……」

「うーん、そう言われてみればそうだな……。アイスが入ってるから、空中に投げるわけにもいかないし……」


 もし空中で爆発したら、中のアイスが隕石みたいに降ってきて、二次災害の恐れがある。

 落ちる場所が遠ざかるほど、時にはコンクリートの固さにもなる固形物。

 美味しくいただけるアイスさえも凶器に変わるのだ。


「──話は聞かせてもらったよ」

「シャーロット警視!?」

「それならわたくしに良いアイデアがあるけど」


 これは偶然か、それとも必然か。

 俺の想像力を覆すようなシャーロット警視がこちらに話を持ちかけてくる。


 今は猫の手も借りたいと言うし、この警視の考えにものってみるか。

 使えるアイデアはとことん使わないと損だからな。

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