第14話 乾いた場所から特定

「その証拠として正太郎しょうたろうが紙粘土で作った脾臓に釣られた。本物の脾臓は肋骨の中に丁寧に入ってることも知らずにね」

「知るかよ。オレッチは廊下に落ちていたと言うお前らの会話を小耳に挟んだだけで少し気になっただけさ」

「あれはお前を騙すための演技さ。本来の脾臓は化学準備室に転がってて、大きさも大人の握りこぶしより少し大きめの12センチくらいだとしてもかい?」

「ななっ、ガチかよ!?」


 正太郎がビビって紙粘土を落としそうになり、慌てて両腕で抱える。


「それだけじゃないぜ。一見綺麗にした人体模型にほんの少しだけ絵の具が付いていた。大方、慌てて布で拭き取ったことが分かる」

「あはは。オレッチならそんな馬鹿なことはしないぜ」


 豪快に笑いながら、自分が犯人だと否定する正太郎。

 あの九曼荼羅くまんだら校長の孫だけあり、どんな返しでも常に陽気なキャラだ。


「筆やペンキで塗ろうとすると毛羽が付くのを恐れて、素手で模型に絵の具の血糊を塗り広げたんだ。人体模型は色んな人が持ち運びするからね。多少、指紋が残っても誤魔化せる」


 主に教師が持ち運ぶ人体模型だが、教師が忙しい時は生徒が一任する。

 特に汚れが目立たない模型だけに手入れもそう加えないのが主流でもあるのだ。


「へえー、詳しいのですね」

龍之助りゅうのすけは高校の頃、美術部に通ってた時期もあってね。イラスト関係にも詳しいのよ」

「なるほど。でも何で今は探偵業を?」

「まあ、彼にも色々とあったのよ」

「色々ですか……」


 雅美ちゃんの疑問に重い口を開く愛理あいり

 俺に答えさせず、あくまでもプライベートな話題は助手が担当するという方針だ。


「だけど本来、絵の具は乾いてしまうと固まり、洗濯機で落とすのも容易じゃない。絵の具が拭き取れなかった箇所にお前の指紋が微かに残ってたんだよ」

「その指紋とお前が今持ってる紙粘土の指紋を合わせると……では、江戸川えどがわ警部!」

「ええ。お兄さんにお任せあれ」


 江戸川警部が待ってましたとばかりに写真に撮った血糊の指紋と紙粘土に付いてる指紋を照らし合わせる。


「フムフム。見事に本人の指紋と一致しましたね」

「……ぐっ」

「それに爪と指の間に絵の具とやらが付着してますね。丁寧に切り揃えても無駄ですよ」

「クソッ、そこまで見抜くのかよ」


 江戸川警部が追い打ちで切った爪のカスや、血糊が少し残った布切れが入った透明なナイロン袋の中身を正太郎に見せつけた。

 どちらも学園の焼却炉に捨てられてたゴミ袋の中から採取したとか。


 江戸川警部曰く、もし明日が雨じゃなかったらゴミと一緒に燃やされていたかもとか。

 幾千の現場を生き抜いた警部らしい、執念深い行動力だな。


「さあ、もう言い逃れはできないぜ、正太郎。お前の企みもこれまでだ!」

「あははははっ!」


 江戸川警部の鑑定により、犯人が断定され、逃げ場を失った正太郎。

 追い詰められた太陽のような獅子は笑うしかない。


「いやあ、オレッチの負けだ、見事に完敗だよ。流石さすが、おじいちゃんが見込んだ探偵でもあるよ」


 正太郎が俺をべた褒めして、拍手までしてくる。

 沢山の生徒を巻き込んで、自身が犯人となってもこのように軽い対応。

 人を褒める前に悪いことをした己が謝るのが先じゃないのか?


「……でも、まだ終わりじゃないけどね」

「きゃっ、何するのよ!?」

「知ってるかい。学園七不思議の最後の事件はこの六不思議を全て説いた人間に直接、創設者のオレッチ自らが粛清しゅくせいを下すという部分を」


 正太郎が戸棚の上にあったナイフの柄を握り、亜香里あかりちゃんを背後から羽交い締めにし、鋭い切っ先を細い首に突き立てる。


「馬鹿な真似はやめろ。亜香里ちゃんは関係ないだろ」

「あるさ。この女はオレッチの幼馴染みだった鳴瑠なるを虐めて、受験を苦に見せかけた自殺に追いやったんだからさ」

「雅美を近付けて仕向け、探ってみた真実だけどな」


 ということは雅美ちゃんは単なる道具として利用されただけなのか。

 犯罪という片棒を担がされて……。


「この女をここで消して、オレッチもすぐに命を断つ。オレッチもこの事件で有名になりすぎたぜ」

「ついでに幽霊騒ぎで、この思い出の学園が潰れれば、尚更なおさら良かったのによ……」


 正太郎が少し寂しい顔をしながら、校庭の見える窓際にゆっくりと移動する。

 いざとなったら亜香里ちゃんを手放し、窓際から飛び降りるという説か。

 ここは一階だし、人の目を反らして逃げることも可能だ。


「だから今回の七不思議を思い付いて……」

「ふふっ。龍之介。愛って感情は裏を返せば残酷だよな。時に人をこうやって狂気に駆り立てるから」


 正太郎がナイフを亜香里ちゃんの首に付けたまま、冷静になって心境を語る。


「……もうすぐ終わるからさ、待ってろよ、鳴瑠……」


 好きだった女の子の名前を口ずさんで窓に背中をつける正太郎。


「あばよ、亜香里とやら」

「いやあああー!」


 正太郎がナイフを亜香里ちゃんの首元に当て、力任せに切り裂いた。

 頸動脈がある箇所だけに実験室は鮮血で滴り落ちる……。

 そう、誰もが思うはずだった……。


「あれ……、首が切れないぞ?」

「ああ、それはよく似せた偽物のナイフさ。本物と間違えないために柄の宝玉を派手な仕様にしてな」


 このナイフはサーカスなどでよく使われる芸当で、偽物のナイフの装飾はやたらと派手なのが特長だ。

 刃の部分にも光沢剤が塗ってあり、一目で偽物と分かるようにしている。


「俺が事件を担当する限り、。これは俺のポリシーでもあるんだ」

「うぐぐ、一丁前にカッコなんかつけてさ」


 正太郎がおもちゃのナイフを手から滑らせ、その場にひざをつく。


「探偵にはビジュアルも大切だからな」

「何だよそれ……こんな偏屈野郎に七不思議のトリックが全て暴かれるなんてな……」

「いや、単に偶然が重なっただけさ。俺だけじゃ、この謎は解けなかった」

「ははっ。ビデオカメラの助手に感謝だな」

「まったくだ」


 正太郎の前に江戸川警部が待機させていた警官三名を室内に呼び寄せる。

 そのうちの一人の警官が正太郎の後ろから手錠をかけ、彼を静かに立たせた。


「くっ、これで分かったろ。さっさとオレッチを連れてけよ、警察のおっさん!」

「はい。では参りましょうか。あと今後は私のことはお兄さんと呼んでもらえませんか?」

「いんや、どう見てもおっさんだろ」

「失礼ですね。いい歳して、礼儀も作法も知らぬとは……」


 ──こうして姫野高等学園七不思議の事件は一名の負傷者は出たものの、一人の死傷者もなく、九曼荼羅校長の孫である16歳の九曼荼羅正太郎という犯人の現行犯逮捕という形で終幕を迎えた。


 校内の職員室に通された俺たちは残った警察官からの事情聴取を終えた後、無事に解散したのだった──。

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