㉖酵母-4-







「カスタードクリームは俺が作るから、紗雪殿はホワイトソースを作ってくれないか?」


「ええ」


 生地を寝かせている間、ピザに使うホワイトソースとカスタードクリームを作る事にした二人。


「お嬢様、レイモンド様。よろしければ我等にその・・・カスタードクリーム?とホワイトソース?とやらを作らせて貰えませんでしょうか?」


 そんな二人に話しかけたのは、料理人達だった。


 彼等は紗雪に料理を教わった身であると同時にシュルツベルク家の料理人なのだ。


 二人を見ていると料理人として刺激されたのか、自分達にとって初めて作るものであるにも関わらず彼等は必死になって頼み込む。


「皆さん、お願いしますね。私はホワイトソースを教えるから、レイモンドさんはカスタードクリームの作り方を教えてあげて欲しいの」


「それは構わないが・・・紗雪殿、カスタードクリームとホワイトソースを商業ギルドに登録しなくてもいいのか?」


 自分やロードクロイツ家の料理人達、そしてシュルツベルク家の料理人達に異世界の料理やデザートを振る舞ってきたが、それ等は商業ギルドに登録をすれば大金が紗雪の手元に入る代物だったりする。


 ランスロットとアルバートから聞くまで登録の事を知らなかったというのもあるが、ロードクロイツ家とシュルツベルク家に世話になっている紗雪は無償で教えていたのだ。


「登録するのは、顆粒ブイヨンのように新たな雇用を生むものだけにするつもりよ」


 お養父様とお養母様、ロードクロイツ侯爵と侯爵夫人に相談した上でだけどね


 キルシュブリューテ王国の食文化を発展させる為、異世界で生きて行く為に日本では日常的に使われている調味料を商業ギルドに登録すると決めていても、紗雪の中では先人達が築き上げたものを自分のものとして登録する事に心理的な抵抗があるのもまた事実。


「紗雪殿がそう決めたのであれば何も言わないが・・・。俺は父上とアルバート殿のように政に縁のない世界に生きているから紗雪殿が望む答えは出せないだろう。だが、参考になるような意見を出す事は出来る。だから、俺を頼って欲しい」


「サユキ、私は兄でレイモンド殿は婚約者だ。父上達だけではなく家族として私達にも相談してくれないか・・・?」


「お義兄様、レイモンドさん・・・」


 巻き込まれる形で異世界に召喚された当初は茉莉花と性女の下僕と化してしまい梅毒になってしまったエドワードとギルバードバカ共にこき使われていた紗雪だが、レイモンドに会ってからは誰かに頼るという事を覚えたと自分ではそう思っている。


 しかし、レイモンドから見ればそうではないと感じるらしい。


「ありがとう」


(私は独りじゃないんだ。この人達は私を家族として思ってくれている・・・)


 異世界人なのに魔法が使えないという理由だけでエドワードとギルバードバカ共から向けられていた蔑む視線とは違い、彼等から向けられるのは家族としての友愛の情。


 そしてレイモンドからは──・・・。


「レイモンドさん」


 自分の事を一人の女として見てくれているという事実に嬉しさを隠せない紗雪は思わずレイモンドに抱き着く。


「さ、紗雪殿・・・」


 紗雪はこの世界で生きて行こうと思えたのはレイモンドのおかげだと顔を真っ赤にしながら言った事があるが、こうして積極的に抱き着いてくれたのは初めてのような気がする。


 ここで好意を示さないと男が廃る!と思ったレイモンドが紗雪の背中に腕を回そうとしたその時──・・・。


 あ~


 あ~


「「!!」」


 厨房内に幾つもの不自然な咳払いが耳に入って来たものだから、ここがどこなのか、そして周囲に人が居る事を思い出した二人は顔を真っ赤にしながら慌てて離れるのだった。









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