㉖酵母-1-







 酵母を作り始めてから四日目になると、水の色が変わった瓶には葡萄と白い泡・・・気泡が浮き、蓋を開けるとシュワシュワと音がする。


「紗雪殿?瓶を振るのは一日一回だけじゃなかったのか?」


「白い泡が出てくるようになったら一日に二回振った方がいいのですって」


「手伝おうか?」


「お願い」


 自分で作った酵母が変化していく様が面白いのか、瓶を振っているレイモンドは楽しそうだった。


 五日目を迎えた状態で蓋を開けると、ワインを思わせるアルコールの匂いがしてくる。


「・・・そろそろ冷蔵ボックスに入れてもいい頃合いかな?」


 完成したと判断した紗雪は酵母を保存する為、厨房へと向かい冷蔵ボックスに入れる。


「紗雪殿、完成した酵母を冷蔵ボックスに入れるのは理由があるのか?」


 今まで室内に置いていた葡萄と水が入っている瓶を冷蔵ボックスに入れた事に疑問を感じたレイモンドが問い質す。


「本に書いていたからそうしていたのだけど、考えてみたらそうする理由が分からないわね」


 パンを作る時に使う酵母の発酵する力を安定させる為?


 或いは酵母を熟成させる為?


 完成した酵母を冷蔵ボックスに理由を紗雪なりに考えてみるが、彼女の中でも答えが出ないでいる。


「紗雪殿、貴女を困らせるつもりはなかったのだ。こういうものはおそらく先人の経験と勘に基づいたものだと思うから、この事は忘れてくれないか?」


「いえ、レイモンドさん。どんな些細な事であっても疑問を抱くのは大切だもの。明日、市場で葡萄を買ってきて冷蔵ボックスに入れない形で酵母を作ったらどうなるのかを試してみましょうか?」


「ああ、よろしく頼む」


(・・・こういうのって理科の実験みたいで楽しいわね)


 明日作る酵母は失敗するかも知れない。


 だが、自身とレイモンドの好奇心が満たされるからなのか、瓶を振っている紗雪の顔には笑みが浮かんでいた。







※冷蔵ボックスに保存しない形で作った酵母は失敗します。









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