㉔ミルク煮-1-







(何を作ればいいかしら?)


 メイドに案内された客室で紗雪は何を作ろうかと考えていた。


 ピザは生地の違いを比べて貰う事もあるが、酵母がまだ出来ていないので今回は作らない。


「紗雪殿、一つ聞いてもいいか?リベラで買った鰻についてなのだが・・・・・・」


「勿論、作るわよ」


 げっ!


 紗雪の言葉にレイモンドが思わず声を上げる。


「鰻って高級食材で、しかも自分では蒲焼きを作れないし捌けないというのに、シュルツベルクでは一匹が数百円・・・五ブロンズもしない値段で売っていたから、つい勢いで買っちゃったの」


「あの泥臭い鰻が高級食材!?」


 信じられないと言わんばかりにレイモンドが声を上げるが、考えてみれば紗雪は異世界の人間。


 当然、フリューリングの人間である自分達と価値観が違うところがあっても不思議ではないのだ。


「ところで紗雪殿、カバヤキとは何なのだ?」


「蒲焼きというのは、開いた魚に串を打ってタレを塗りながら照り焼きにする調理法です」


 ぶつ切りにした鰻を串に刺して焼く様子が蒲の穂に似ているから【ガマ焼き】と呼ばれていたのだけど、それが転じて【蒲焼き】になったらしいですよ


 蒲焼きが何なのかを尋ねるランスロットとレイモンドに紗雪が教える。


「蒲焼きという調理法で作った鰻がどのようなものか、興味があるな」


「タレと炭はネットショップで購入すればいいから問題ないけど、鰻の調理に関しては式神に任せるしかないわね」


 パリッと香ばしく焼けた皮、ふっくらとした身に乗っている脂、甘味のあるタレと一つになった鰻の蒲焼き・・・


((何か物凄く美味そうだ・・・))


 うっとりと鰻について語り始める紗雪に刺激されたのか、自分達にとって未知の料理である鰻の蒲焼きを想像してしまったランスロットとレイモンドは思わず唾を飲み込む。


「と、ところで紗雪殿?式神というのは確か使い魔のようなものであったな。式神は相手の秘密を探る事しか出来ないのでは?」


 このままでは紗雪による鰻語りになってしまうような気がしたレイモンドは、空気を変える意味で別の話を切り出す。


「レイモンドさん。式神は家事全般と密偵だけではなく、戦闘方面にだって使えるわよ」


 但し、式神は見えない存在だから傍から見れば道具が勝手に動いているとしか思えないし、術者が弱ければ操る事だって出来ない。


 式神に取り憑かれるのはまだマシな方で、最悪の場合は殺されてしまうのだ。


「・・・式神を使役するのも大変な事だったのだな」


 フリューリングにおいて巫女は神に祈りを捧げる存在だが、異世界の巫女は式神を操るだけではなく、霊剣・蜉蝣を使って妖怪を退治しなければならないという事実にレイモンドは何だか居たたまれなくなる。


「紗雪殿、シュルツベルク伯爵に出す料理だが・・・決まったのか?」


「スープパスタ、クリームコロッケ、ミルク煮を出そうかと思っていたのだけど」


「本人を前にして悩んでいるのだな?」


「ええ。シュルツベルク伯爵は一皿ずつ出す料理より、大皿から自分で好きなだけ取り分ける料理の方が好みのような気がして・・・」


 ランスロットから、アルバートは豪快な男だと聞いていたけど、まさかあそこまでとは夢にも思っていなかったので考え込んでしまったのだと、紗雪が打ち明ける。


「紗雪殿、ああ見えてもアルバートは伯爵。つまり、貴族としてのマナーや礼儀を身に付けている」


 出された料理に対して文句を言うような器の小さい男ではない。


 それどころか好奇心旺盛なので、寧ろ自分達のように異世界の料理に興味を持つはずだと、ランスロットが紗雪に話す。


「紗雪殿は父上達に振る舞った料理のように、自分の思うがままに作ればいいんだ。俺も手伝うからさ」


「・・・・・・分かったわ。じゃあ、魚を使った料理を作りに厨房に行くとしましょうか」


 レイモンドの一言で吹っ切れた紗雪は厨房へと向かう。








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