⑲シュルツベルク家







「ローゼンハイム家、セントクロス家、シュルツベルク家・・・ですか」


 どの家の養子になるかなど、自分に決定権がないものだとばかり思っていた紗雪は、選択肢を与えてくれたランスロットに感謝しつつ、受け取った資料に目を通す。


 大雑把に纏めるとこうだ。



 ローゼンハイム侯爵家は、鉱山で採掘した金や銀を他国に輸出、また装飾品として加工販売している。


 セントクロス公爵家は、良質のワインを自国で販売するだけではなく他国に輸出している。


 シュルツベルク伯爵家は、新鮮な魚介類と貿易で手に入れた珍しい商品や骨董品等を自国に販売したり輸出している。



 何れも何かしらの商会を経営しているらしく大富豪で、領地が栄えているというのが特徴だ。


 自分には金や銀の精錬法の知識がないので、紗雪にとってローゼンハイム侯爵家は却下である。


 セントクロスはワインの産地だ。ワインを作る時に使う果物は葡萄。という事は、酵母を作れるはずだ。


(ここではビール酵母でパンを作っているのかしら?それとも、パン種かしら?ロードクロイツでは何の酵母でパンを作っているのかしら?)


 セントクロスには葡萄があるのに勿体ない!


 酵母の作り方を教えたら、セントクロス領だけではなくロードクロイツ領に柔らかいパンが広まるのではないだろうか?


(でも、セントクロスってワイン以外の名産が何なのか分からないのよね)


 紗雪の中でセントクロス家は保留にしておく事にした。


 海岸沿いにあるシュルツベルクは魚介類が豊富らしいが、どのような種類の魚が獲れるのだろうか?


 獲れる魚の種類によっては、魚料理の幅が広がると思う。多分。


(セントクロスかシュルツベルク・・・)


 自分の世界の料理を再現し広めようとしてくれているレイモンドにとって、どの家がいいのだろうか?


 紗雪は考える。


(・・・・・・・・・・・・)


「ロードクロイツ侯爵、侯爵夫人。シュルツベルク伯爵に一度お会いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 日時はお二人にお任せいたします


 ランスロットとエレオノーラに紗雪が頭を下げる。


「紗雪殿の事を話したら同情しただけではなく、自分の娘に迎えたいと言ってくれたシュルツベルク伯は懐が大きく豪快な男だ」


「はぁ・・・」


(伯爵なのに豪快って・・・脳筋をイメージすればいいのかしら?それとも、海の男をイメージすればいいのかしら?)


 彼女にとって高位貴族の当主は自分の目の前に居るイケオジが基準となっているので、ランスロットから聞いたシュルツベルク伯を脳裡に思い描けないでいる。


「だが、そんなシュルツベルク伯も紗雪殿に対してある条件を出した。いや、シュルツベルク伯だからこそ出したのだろうな」


「条件、ですか?それは一体何なのでしょうか?」


「それは──・・・」







 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「シュルツベルクで獲れた魚で料理を作って欲しい、か・・・」


 その場に居合わせていたレイモンドは腕を組んで何やら考え込む。


「侯爵家に居た頃か、冒険者として何らかの依頼を受けたレイモンドさんだったらシュルツベルクに行った事があると思うのだけど、そこではどんな魚が獲れるの?」


 作るにしても、どのような魚が獲れるのかを知らなければ意味がない。


 ロードクロイツ夫妻との対談を終えた後、客室ではなくレイモンドと共に厨房へと向かった紗雪が尋ねる。


「海老・鯛・マグロ・メカジキ・鰯・鯖・鮭・ムール貝・アサリ・イカ・タコ・牡蠣・ホタテ・ロブスター・・・挙げればキリがないが、シュルツベルクは漁業都市として有名だから、紗雪殿が知っている魚は獲れると思ってくれたらいい」


「でも、魚料理が不味いのね?」


「ああ。塩漬けや燻製だけではなく煮たり焼いたり揚げたりするのだが・・・」


 香辛料を沢山使うので、どうしても単調でスパイシーな味付けか、塩辛くなってしまうのだと教える。


「ソテーした白身魚に生クリームソースをかけた料理がいいかしら?でも、生クリームは高級素材なのよね」


「海の幸を使ったパスタはどうだ?」


「レイモンドさんの案、採用!パスタに使う海の幸を考えていたらシーフードフライも捨て難いような気もしてきたわ・・・。よく考えたら、タルタルソースって生卵を使うから避けた方がいいわね」


「タルタルソースはマヨネーズがベースになっているから、フライ系は止めた方がいいだろうな」



 何だかめっちゃ美味しそう!


 レイモンド坊ちゃん、サユキさん。是非、試食したいです!


 二人の話を聞いているだけで空腹を感じてしまった料理人達は、思わず唾を飲み込むのだった。









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