⑰カステラの試食-4-
豪華であるが成金趣味ではない。
寧ろ趣味の良い調度品と壁紙が、天井のシャンデリアが居間である梔子の間を落ち着いた格調高い部屋にしている。
「レイモンドとサユキ殿が作ったお茶会のお菓子の試食・・・楽しみですわね」
「異世界の菓子か・・・。一体、どのようなものなのであろうな?」
「あなたは異世界のお菓子を食した事があるのではないのですか?」
自分よりも先に豚の角煮をはじめとする美味しいものを食べていた事を穏やかな笑みを浮かべながら責めるエレオノーラに、実はアイスクリームとジェラートが初めて食べた異世界のデザートなのだと、ランスロットが打ち明ける。
「あなたが異世界のお菓子を食した事がないのは意外でしたわ。ところで・・・サユキ殿をどの家の養女にするか、決まりましたの?」
「紗雪殿は異世界人でありながら魔法が一切使えないだけではなく、レイモンドに嫁がせる前提であるが故に後見となる家は紗雪殿を駒として使う事が出来ない」
それを分かった上で紗雪殿を養女に迎えようという家が幾つかあるのだが・・・
ランスロットが紗雪を養女に迎えたいと名乗りを上げた家のリストをエレオノーラに見せる。
「ローゼンハイム家、セントクロス家、シュルツベルク家・・・ですか」
この三家は侯爵家と婚姻を結ぶのに釣り合いが取れているし、それぞれ鉱山、良質のワイン、漁業と貿易で栄えているので問題はない。
だが、当の紗雪は魔法を使えないニ十歳の女性である。
美奈子の話によると異世界では晩婚化が進んでいるので二十歳で独身というのは当たり前だが、キルシュブリューテ王国では嫁き遅れと見られる年齢なのだ。
ランスロットは紗雪が選んだ家の当主夫妻に顔合わせさせるつもりでいるのだが、果たして、その家は彼女を娘としてちゃんと扱ってくれるだろうか。
「サユキ殿は元の世界では使い魔・・・式神でしたわね。式神を使って敵の内情を探る事が出来る能力があるのですから、今までの迷い人達やウィスティリア王国の聖女・・・ではなく性女のように強力な魔法が付与されなかったのかも知れませんわ」
元の世界では、紗雪のように式神を操るといった特別な技能がある者は付与されず、技能がない者にはフリューリングで生きて行く為の魔力や魔法、怪力が付与されるのではないだろうか?
あくまでも仮説と前置きした上で、エレオノーラは持論を述べる。
「サユキ殿の後見人が見つからなかったら、ウェルザー公爵家の当主に彼女を養女に迎える話をしたいと思っていますの」
「ウェルザー公爵か・・・」
ランスロットは考える。
ウェルザー公爵というのは先代国王の妹にしてエレオノーラの母方の祖母の弟──・・・彼女から見て大叔父に当たる人物の姓だ。
現在はエレオノーラの再従兄弟に当たる人物が公爵家の当主になっている。
エレオノーラがランスロットに嫁いだ事でロードクロイツ家とウェルザー家は親戚になったのだが、親戚でも遠い関係であれば結婚は認められている。しかも、紗雪は異世界人だ。レイモンドと血の繋がりがないので二人の結婚に問題はない。
「・・・・・・ウェルザー家は本当の意味での最終手段。あなたの方で上手く運ばなかったら今度のお茶会でサユキ殿の事を話してみますわ」
「エレオノーラ、済まない・・・」
「レイモンドとサユキ殿の幸せの為ですもの」
親である私達が骨を折るのは当然の事ですわ
笑みを浮かべてランスロットに語るエレオノーラの言葉に嘘はない。
息子の幸せを願う親心があるのは確かだが、同時に式神を使って相手を探る能力を持っているだけではなく、異世界の料理を作れる紗雪をロードクロイツに留めたいのだ。
コンコンコン
「失礼いたします」
そんな会話をしている二人がいる梔子の間にキッチンワゴンを押した給仕が入って来る。
「「?」」
メイドが二人の前に置いたのは、ケーキの土台を思わせる四角くて黄色いスポンジが載っている皿とコーヒーが注がれているカップだった。
「旦那様、奥方様。本日のお菓子は、レイモンド様と異世界のお嬢様がお茶会の為にと作られたものです」
「これが異世界の・・・」
アイスクリームとジェラートに続いて異世界のお菓子が食べられる事を、ランスロットとエレオノーラは素直に喜ぶ。
「旦那様、奥方様。レイモンド様と異世界のお嬢様からの伝言です」
飲み物についてですが三種類を用意しております。それぞれの飲み物に、ご自分の好みで砂糖を入れて下さいとの事です
「異世界では飲む前に砂糖を入れないのね」
キルシュブリューテ王国では、例えばコーヒーの苦味が苦手な人がコーヒーを飲む時、コーヒー粉を煮出す時に砂糖を入れるのが常識だ。
これはホットワインといった他の飲み物にも同じことが言える。
飲む時に砂糖を入れるという行為に、エレオノーラは思わず驚きの声を上げる。
「では、食べてみようか」
「ええ」
ランスロットとエレオノーラは皿の上に乗っているカステラをフォークで適当な大きさに切って口に運ぶ。
((!!))
「見た目はケーキのスポンジなのに、私達が知っているケーキとは違ってしっとりとしているわ」
「パンのような弾力があるのに柔らかくて、しかもこのケーキは甘いが喉が焼け付くように甘くない」
シンプルな見た目に反して手の込んだケーキである事に二人は感動を覚える。
次にランスロットとエレオノーラはコーヒーに口を付ける。
「うん。いつもの味だな」
「そうですわね」
「しかし、黄色のケーキが甘いから砂糖を入れない方が正解だな」
二人が会話をしている間、レイモンドが保温効果のある魔法をかけた容器に入っている温めた牛乳を小さな鍋に注いだ給仕が紗雪から教わった方法で牛乳を泡立てていく。
五分もしない内に泡立った牛乳を、いつもより濃い目のコーヒーに砂糖が入っているカップへと注ぐ。
「旦那様、奥方様。次は薄い琥珀色の飲み物・・・カフェラテというものです」
コーヒーカップを下げた給仕が、新たなカップに注いだカフェラテを二人の前に置く。
「あなた。この薄い琥珀色の飲み物・・・カフェラテは初めてですが、二人が用意したという事は異世界で飲まれているものなのでしょう。ケーキのように味も期待出来ますわ」
異世界のものに興味津々なエレオノーラが声を弾ませる。
「カフェラテとやらの表面は泡立っているのだな」
二人は薄い琥珀色の飲み物──・・・カフェラテが入っているカップを手にすると口に付ける。
「・・・カフェラテという飲み物は円やかな口当たりで・・・これは牛乳がそうさせているのかしら?」
「だが、コーヒーの苦味と酸味も強く感じるような・・・?」
パンと一緒に煮込むミルク粥を食べた事があるランスロットとエレオノーラは薄い琥珀色の飲み物に牛乳が入っていると分かったのだが、同時にコーヒーの風味も感じた事に首を傾げる。
ランスロットとエレオノーラがカフェラテを飲み終わる頃合いを見計らいながら、給仕が二人分のカフェオレを作る。
「旦那様、奥方様。最後はカフェオレという飲み物です」
コーヒーカップを下げた給仕が、新たなカップに注いだカフェオレを二人の前に置いた。
「濃い琥珀色の飲み物はカフェオレと言うのですね」
カフェオレとカフェラテの違いはどこがあるのだろうか?
カップを手にした二人はカフェオレに口を付ける。
「・・・カフェラテと同じように牛乳の味がするだけではなく、コーヒーの苦味も感じますわね」
「だが、こっちの方が若干コーヒーの苦味が少ないように感じるな」
「そういえば、好みで砂糖を入れたらいいと言っていましたわね?」
ランスロットとエレオノーラは、紗雪とレイモンドの助言に従いカフェオレが入っているカップに砂糖を入れるとスプーンで軽くかき混ぜる。
「砂糖を入れたからなのか、口当たりが甘くなって飲みやすくなりましたわ」
私、砂糖が入ったカフェオレの方が好みですわ
「ああ。カフェオレだけであれば砂糖を入れた方が美味で、ケーキやクッキーと合わせる時は砂糖を入れない方がいいな」
コーヒーに牛乳を加えるだけでこうも違うのか・・・
自分の好きなコーヒーをカフェオレやカフェラテのような形にした飲み物を作り、そしてそれ等をロードクロイツに広めたいものだと、ランスロットが呟く。
紗雪とレイモンドをここに連れて来て欲しい事をランスロットが控えていた給仕に伝えると、二人を呼びに居間を出て行く。
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