⑧日本の朝食-8-
そして、日本人のソウルフードといえばご飯と味噌汁だ。
玉子焼きと鮭の塩焼きを作っている内に三十分経ったので、紗雪はご飯と味噌汁作りに取り掛かる。
水に浸していた事で乳白色色になっている米と、米の量に合わせて軽量している水を土鍋に入れて蓋をした後、コンロの火を強火にして炊き始める。
暫くすると土鍋から音がしてくる。沸騰してきた証拠だ。
コンロの火を強火から弱火にしてそのまま炊いていく。
十五分後
最後の仕上げとして強火で一分炊いた後、コンロの火を止めて蓋をしている状態で蒸らす。
その間に味噌汁作りだ。
水に浸していた煮干しが入っている鍋をコンロの上に置いて火にかける。
中火で加熱していると沸騰してきたのでコンロの火を弱める。すると、表面に白いものが出てきた。灰汁である。灰汁を取り除かないと仕上がりと味に影響が出てくるのだ。紗雪は灰汁を取り除きながら煮立たせていく。
後はキッチンペーパーで濾せば出汁の完成だ。
煮干しを作っていた間に切っておいた豆腐と出汁を味噌汁用の鍋に入れて煮立たせる。
鍋に入っている出汁が沸騰し豆腐に火が通ったので、コンロの火を消して冷ます。
煮立たせている時に味噌を入れなかったのは、香りや風味が飛んでしまうからだ。
沸騰が収まっている鍋に味噌を溶き、再びコンロの火を点ける。
沸騰する直前で切っていたネギを加えてから火を止め椀によそう。これで豆腐とネギの味噌汁が出来上がった。
「で、出来た・・・」
「待っていたわ!日本食ちゃん!」
おこげつきのご飯、豆腐とネギの味噌汁、甘めの卵焼き、鮭の塩焼き、塩味が感じる鮮やかな緑のキュウリ
夢にまで見た定番の一つである日本の朝食を前にした美奈子が感動の涙を流す。
「いただきます」
手を合わせた美奈子は紗雪が作った料理を口に運んだ。
優しくて懐かしいだけではなく心が安らぐ味噌汁
もちもちとしている白いご飯は仄かに甘く、おこげの部分は香ばしい。
泣きながらも食べる事を忘れないのは、食い意地が張っているというより故郷に対する思いに他ならない。
「お祖母様がここまで泣くという事は・・・」
「美味という事なのか?」
二人は美奈子を泣かせる日本食を食べてみる事にした。
「これは、ミソシルといったか?何と言えばいいのか分からないが・・・普段の私達が口にしているスープとは風味が違うのだな」
「父上、このタマゴヤキとやらは甘いですが、俺達が知っているケーキやクッキーとは違い、ただ甘ったるいだけではありません」
何と言えばいいのでしょうか・・・?
甘さと辛さが一つになっているような・・・ですが、その中に今まで味わった事のない味があるので実に不思議な料理です
箸が使えないランスロットとレイモンドはフォークとスプーンで食べた料理の感想を述べる。
「ロードクロイツ侯爵、レイモンドさん。私が作った日本食は美奈子さんにとって美味しいからという理由ではなく、おふくろの味・・・いえ、思い出の味でしょうか?日本で過ごしていた頃を思い起こさせるのだと思います」
「思い出の味、か。・・・・・・日本にいた頃の母上はこのような料理を食べていたのだな」
フリューリングにいる限り二度と口に出来ないと発狂していた美奈子の心からの叫びを、身を以て理解したランスロットは何やら思い詰めた表情で目の前にある日本食を見つめる。
ランスロットにとって思い出の味は、自分が風邪で寝込んでいた時に美奈子が作ってくれたミルク粥だ。
パンをミルクで煮込んだだけのものであったが、あの時に食べたミルク粥の優しい甘さは確かに心の底から安堵するものだった。
料理の腕が壊滅的な美奈子であるが、母親が作ってくれたミルク粥が美味しいと感じたのは、我が子の身を案じる母としての思いが籠っていたのかも知れない。
「・・・紗雪殿、貴女に頼みがある」
「何でしょうか?」
ランスロットの頼みを引き受けるかどうかは話を聞いてからだ。
紗雪は続きを促す。
ランスロットの頼みとは、日本食を作る為の食材や器具を卸して欲しいというものだった。
「紗雪殿の時間がある時で構わないのだが、ロードクロイツ家の料理人に日本食の作り方を教えてやってくれないだろうか?」
「私が作れるのは大衆向けというか、平民向けのものですよ?しかも、自分から言い出したにも関わらずレイモンドさんを顎で使ったと思い込んでいる私に教わるなんて、侯爵家の料理人としてのプライドがそれを許さないと思うのですけど?」
仮に、表面上は私に教えを請う姿を見せていても大奥様には態と失敗した日本食を出す可能性も否定できませんし?
「・・・・・・つまり、私の頼みは引き受ける事が出来ないと?」
「彼等の中に私に対する蟠りがある限り、無理だという事です」
好きな時に日本食だけではなく、洋食や中華等が食べられると思っていた美奈子は肩の力を落とす。
だが、ここは食い意地が張っている日本人。
美奈子は、ある提案をしてきた。
「ねぇ、紗雪さん・・・私が出資するから・・・カフェや喫茶店、料理店を開いたらどうかしら?」
「は?」
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