⑧日本の朝食-7-
待つ事十分
キッチンペーパーで鮭から出てきた水分を拭うと、コンロの上に魚焼き網を置いて鮭を焼いていく。
「これよ・・・。これが日本食なのよ」
「母上、涎が・・・」
出来上がる日本食を想像している美奈子の口端から涎が垂れていたので、見咎めたランスロットがハンカチを渡す。
そうしているうちに鮭が焼けたので、レイモンドは紗雪がネットショップで購入した魚用の皿に盛り付ける。
料理は器も大事なのだ。
「紗雪殿、次は何をすればいいんだ?」
「卵を溶いて貰ってもいいかしら?」
「ああ」
紗雪の手伝いを引き受けたレイモンドがネットショップで購入した卵を割り、それをボウルに入れて溶いていく。
「凄い。レイモンドさんって自炊しているの?」
「旅に出ない時は、自分が食べる分は自分で作るようにしているし、家事だって一通りこなせる」
何で侯爵令息が家事をこなせるのかに疑問を抱いてしまった紗雪であったが、慣れた手つきで卵を溶いているレイモンドを霊視したら、そういう理由があったのかと納得してしまった。
成人したと同時に自立したレイモンドが最初に学んだのは、お金様の大切さと有難さ、そしてお金様を稼ぐ苦労だった。
侯爵令息として育ったレイモンドの金銭感覚は金持ちのボンボンそのもので、自立した当初、レイモンドは自分の手元にあったお金を湯水のように使っていたのだ。
そのような使い方をすれば、当然お金様はすぐに自分の手元から消えていく訳で──・・・。
情けない話になるが、この時になって初めてレイモンドは如何に自分が人間として未熟であり傲慢であったのかを学んだのだ。
今でこそ何とかという世界的に有名な大企業のトップも、若い頃は貧乏であったらしいし。
貧困を糧に一回りも二回りも人間として成長させるかどうかは、その人の心掛け次第であろう。
「紗雪殿、溶いた卵をどうすればいいのだ?」
「玉子焼きを作るのだけど・・・今回は濃口醤油と砂糖を使った甘い味付けにしましょうか」
「タマゴヤキが何なのか分からぬのだが、辛い味付けもあるのか?」
それまで黙って見ていたランスロットが紗雪に尋ねる。
「ええ。七味唐辛子を使えば辛く感じますし、薄口醤油と塩を入れたらしょっぱい味付けになりますよ」
レイモンドが溶いてくれた卵に濃口醬油と砂糖を加えて手早く菜箸でかき混ぜると、サラダ油をひいた卵焼き器をコンロに置いて温める。
「紗雪殿、卵液に入れた醤油とやらが魚醤に見えるのだが?」
魚醤のクセの強さと塩辛さを知っているレイモンドが醤油と魚醤の違いを尋ねる。
「醤油と魚醤はどちらも発酵させた調味料だけど、簡単に言えば原料が違うの」
大豆を発酵させた液体が醤油で、魚を発酵させた液体が魚醤だと教える。
「ダイズ?」
確か、それがないと醤油が作れないと祖母が言っていた事を思い出す。
「豆の一種よ」
(これくらいかな?)
卵液がついている菜箸で玉子焼き器が温まっているかどうかを確かめる。
すると、じゅ~っという音がした。
玉子焼き器が温まったという事だ。
卵液の三分の一を入れて待っていると淵が焼けてくる。それをかき混ぜ固まってきたら奥から手前へと巻いていく。巻いた卵を奥に寄せたら、またサラダ油を入れて卵液を流し込む。
「これよ!これが日本の卵焼きなのよ!」
もうすぐで日本料理を食べる事が出来るからなのか、美奈子が声を上げてはしゃぎだす。
奥から手前に焼けた卵を巻くという行為を繰り返す事数回。
形を整え、食べやすい大きさに切った卵焼きを器に盛り付けたら日本人にとって定番の一品とでもいうべき料理の完成だ。
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