5. ケネス・ウォードは痩せたい



『仕方ないだろう!? 野菜がまずいせいだ!』


 物心ついた時から野菜が嫌いだった。

 良ければ不味いだけで済むが、酷ければ吐いてしまう程に。

 幸い伯爵家というのもあって、嫌いだと言えば食べなくてよかったが、代わりに見た目は酷くなる一方だった。


 幼い頃はふくよかと言い隠せた体は、次第に醜悪なものへと変わっていった。

 膨れ上がった手、腹で見えない足元、出来物だらけの顔。

 見たくなくて、見れなくて、俺の部屋には一枚も鏡がない。


 どうにか痩せようと食事を控えれば、結果としてより多くの食事を摂ってしまう。重くて動かない体は、鍛錬すらできない。

 せめて身長が伸びればと思ったが、横幅も同じだけ大きくなっていった。

 

『怪物伯爵』


 そう罵られるようになった。

 どうして俺だけこんなにも醜いのだろうか。

 家族は皆標準体型で顔も整っているというのに。


 自分を恨むしかなかった。

 自尊心を守れるのは、勉学と後継としての商学のみだった俺は必死に努力した。高位の家から虐げられても、耐えた。これ以上悪評を広められぬように、いつか見返してやると思いながら。


 ……いつのまにか時が過ぎて。

 学園は主席で卒業し、父から大きな事業を任されるようになった。

 陰で怪物伯爵と罵られても、表立ったものはなくなった。


 次に問題となったのは、嫁探しだった。

 晩婚だったこともあり、父は早く家督を譲りたいようだった。俺としてもそれは好都合なのだが、我が伯爵領は主に商業で栄えている。

 商売の業界では、世帯を持って一人前……は少々おかしいが、そういった風潮がある。ただでさえハンデがある俺が、このまま継いだとしてうまく行くとは思えない。

 しかしこんな見た目ではなかなかうまくいかず、それでも諦めずに一つ下、二つ下と家の位を下げてまで探していた時。


『遅れて申し訳ありません。お初にお目にかかります。エミリー・カーレスと申します』


 彼女と出会った。艶のある紫がかった黒髪を後ろできつめに纏めて、朝日のような瞳を全くと言って飾らず。令嬢らしからぬ汗を滴らせて。

 風変わりも風変わり。見合いの場でまったく着飾らないとは。

 加えてこの俺を見て不快な顔をするでもなく、ジロジロと見て驚いて怒った奴。

 野菜が嫌いだと言ったのに、庭は庭でもよりにもよって家庭菜園に案内した奴。


『それは作った人が悪いんですよ! 私のはちゃぁんと美味しいんですから!』


 なんて啖呵を切ってトマトを押し付けた奴。

 咀嚼すると、冷たくてジュワッとした果肉と濃厚な旨味、程よい酸味が口の中に広がって。

 これは本当にトマトなのかと思った。


『ええ、正真正銘トマトですよ。どうです? 美味しいでしょう?』


 と満面の笑みでいうものだから、なんだか認めてやるのが癪で。言い訳をすれば、


『っわからずやですこと! ではまたいらしてちょうだい。育ったら食べさせてあげますから!』


 と宣言された。

 まったく、それに期待して手紙が来ないか毎日確かめていた俺も俺だ。忙しいというのに。


 手紙が来て、仕事をほっぽり出してすぐに向かって、オクラの肉巻きを食べて、実際に生っているのを見て。

 ふと目が合えば、優しそうな顔をしているものだから、思わず聞いてしまった。


『俺なんかが隣にいて嫌じゃないのか』



 そうしたら当たり前のようにこう言われた。


『そりゃ嫌に決まってるでしょう。見るからに不健康そうですし、不潔そうですし』


 少しは気をつかえ、とつっこみたくなるほどだ。


『ですがね、本当に美味しいものを食べたことがないって悲しいことよ』


『これもまたご縁』


『こうなったら、私、エミリー・カーレスが一肌脱いであげようじゃありませんか』


 なんて胸を張られても。

 はぁ…………。


「これもまたご縁、か」


 妙に説得力のある言葉だ。

 なぜか緩んでしまった口元を押さえる。


「今度こそ、痩せられないだろうか」


 嫌だと、言わせも思わせもしないように。

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