和訳 異世界の歴史

刈谷つむぐ

訳者序文

 これは或る秋のことであったか、神奈川県伊勢原市にある小さな神社に参詣したのだが、かような時期であるから人は少くとても閑散としていた。賽銭を何円か入れると、突然地震が起きた。なんたる偶然かと思ったものであるが、幸いこの地震はさして大きなものではなく、震度二、三くらいであった。しかし、神社の屋根に引っかかっていたのか、本が三冊まとめて降ってきた。分厚い本である。それは奇妙な文字で書かれていて、世界のどの文字とも似つかない。そのうち一冊は辞書のようである。

 そして、この辞書こそが最大の謎であった。見出し語が謎の文字で書かれている一方で、丁寧にラテンアルファベットで転写されており、説明は日本語でされていた。さらに妙なことに文語体で書かれていたので読解に苦労したが、私は興味を持って持ち帰ることにした。どうやらこの辞書は、異世界に転生した日本人に依るものらしい。

 今や私は異世界語を完璧に理解できるまでになった。残りの二冊は或る国の歴史について書かれた概説書のようなものである。異世界の風俗や文化、何より政治史は、多くの興味深い知見が見受けられる。では和訳をして、さらには本にして出版しようと、友人の何人かを誘って作業にあたった。ああ、約二年の歳月を費やし、ようやく完成したと思えば、感慨深いものがある。

 文章は翻訳にあたって意訳した部分も多々ある。どうやら異世界語における文語体で書かれているらしかったが、読み易いように口語体で訳した。また、一章ごとに訳者による註釈、解説を記す。固有名詞の転写にあたっては、なるべく元の発音に近いようにした。


  西暦二千三十五年 六月十二日

  刈谷 つむぐ

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