1-3 補充、戦闘準備、リローデッド

 トモカズは、『バレット』の受け取りに外へ出ていた。仕事の準備、弾薬補充である。

 最新式のベクトル弾と、彼の多用する『無限小』の範囲数式弾頭。前者は、一般的な防御範囲数式である、ベクトル操作の最新式にも対応可能な最新鋭の弾頭。後者は、そもそもの数式防御を軽々と無効化する弾頭だ。

『弾』の良いところは、範囲数式の展開と異なり、脳に負荷がかからないこと。そして、かなりの遠距離からでも攻撃が可能なところだ。

 トモカズはコートの中の右腰に自動式オートマチックピストル、左腰に回転式拳銃リボルバーを収めている。右がベクトル弾、左が『無限小』の弾を取り扱う。非常にシンプルに得物えものにセッティングしてあるので、唐突に争い事に巻き込まれても切り抜けやすい。

 いくら前から考えてあっても、命が関わるような不測の事態のときには、どんな人間でも思考が単調になりがちだ。そういったことを、彼は深く理解していた。

 人の頭は信用にならない。自分のものでさえも。それでも、動く限りは上手く使う必要がある。

 廃墟にも似た建物の前で、馴染みの取引先の男と交渉を行う。お互い、危険な商売をしている身の上だ。両者とも、手早く済ませたいと思っている。

 廃墟に似た建物は、取引先の男の隠れ家セーフ・ハウスの一つだ。いくつも安い建物を買うか借りるかをして、拠点を流動的にしているはずだ。

 これからトモカズが買う弾薬も、いちいち出処でどころを詮索したりはしない。言外のルールである。

「可能な限り最新型のベクトル弾一〇弾倉ぶん一五〇発と、例の無限小弾が一五発だ」

 弾薬は既に、弾倉やスピードローダーに込められた状態だ。

 ずいぶん、殺人の道具や、殺人そのものにも慣れてしまった。

 トモカズが初めて人を殺したのは、相手方のギャングの勘違いで襲撃に遭い、それを返り討ちにしたのが始まりだった。一五歳のときで、そのときはたいへん狼狽うろたえた。

 まるで、同年代の彼女でも妊娠させてしまった悪童のような当時の狼狽ぶりは、今でも当時の知り合いから物笑いのネタにされる。恥ずかしい思い出だ。

 紆余曲折うよきょくせつを経て独立傭兵――殺し屋なんぞをしている。長生きできるかは知らないが、金は手に入るし、最終的にはどこかに安住するか、場所を変え続けながら生き続けたい、とは思う。少なくともタダですぐに死ぬ気はこれっぽっちもない。

 ベクトル操作――たとえば危険物への反射作用は、五、六歳の子どもでも出来る簡単な式だ。

 ベクトル弾は、相手のベクトル操作の範囲数式を感知し、仮に反射されるなら更に逆演算による反射を弾頭自身が行い、さらに細かく反応する複雑な範囲数式式があるならまたさらに――というイタチごっこを繰り返し、最終的に標的を穿うがつことを目標とする。

 戦闘員もベクトル防御を常に工夫する手前、日々改良が重られている弾頭である。

 『無限小』は希少で高価な弾頭になるが、範囲内に巻き込めばほとんどの場合は即死だ。

 無防備な物質や人間に対して、爆発物を発射するような弾頭、といえばわかりやすいだろう。

「取引成立だ」

 トモカズはある程度までは取引相手を信用しており、弾薬も顕微鏡で見るような目では見なかった。十分にチェックはするが、その程度。

 まあ、最後は賭けだ。深い内通や、どこまでも裏切られれば、それまでの命だと決めていた。

 電子決済を済ませると、武器商人の男は「最近は、北京方面がきな臭い」と言った。

「必要なら、情報屋を複数当たることだな。お前は、少しこの街で暴れすぎたのかもしれん」

「確かに、最近でも仕事外の襲撃があった。

 個人的に経緯を調べているが、そろそろ、専門家に高い金を払ったほうが早い気がしてきた」

 商人が『取引』以外で情報を寄越すはずがない。何らかの裏取引でもしたいのか、未来を見越した短期以降の投資的な考えがあるのか。

「では、幸運を祈る」

「幸運を」

 自分に言い聞かせるように言ったトモカズと、商人は距離を置いていく。

 そして角を曲がり、お互いに姿が完全に見えなくなった。

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