数は世界(バベル)を支配する
書い人(かいと)/kait39
独立傭兵、トモカズ
1-1 独立傭兵、トモカズ
「馬鹿かね、君たちは」
彼は、呆れた声と共に、自身と相対する殺し屋たちを見つめた。彼、トモカズは降雪の激しい真冬に似合う、黒のコートを着た中肉中背の、二十代前半と思われる青年だった。
トモカズの声に構わず、殺しを仕事とする男たちは、無言で発砲。
機関銃の射撃音が街の
鳥たちが騒いで逃げ出し、そして弾丸は一人の男、トモカズへと音速の三倍で向かっていく。
トモカズは
トモカズの周囲には、とっくに範囲数式が展開されており、一定の威力で突っ込めば存在が擬似的に無限小になり、かき消される。ベクトルを殺された弾丸が元の大きさに戻り、弾丸は地面へと落下していく。その音は、
「馬鹿な!! 最新型の弾頭だぞ!?」
「通常の銃弾はベクトル変換式によって、反発系の範囲数式から逃れた上で、最終的には本来の着弾地点にその座標を修正する。
最新型といっても、その計算式の効率を、より良くした程度だろう。私の範囲数式の前では無力だ。
己の武器に、他人の強さ。その双方を理解していない。自らの愚鈍さを呪え。
トモカズの範囲数式が拡大、既に殺し屋たちを覆っていた。危険と悪寒を感じた男たちが、各々の声を発して逃げようとするが、身動きが止まった。
「ベクトル固定」
空間内に入っているトモカズ以外の存在は、外部に運動エネルギーを出せなくなった。簡単な数式だが、相手方の全身をくまなく覆って声も出せなくするのは、かなりの高難易度と言えるだろう。
「無限小、再復元」
トモカズの残酷な声が続く。処刑の宣告だ。
先ほどの銃弾同様、一旦(あくまでも、擬似的な範囲における)無限小となり、大きさが元に戻る――だが、完全に再構築するのではない。
分子、原子、素粒子以下のレベルでランダムな要素が発生し、血肉が元に戻るのだ。
その死体は『バラバラ』などといった表現ではまだ、生ぬるい。
液体と固形物となった、『殺し屋たちだったもの』を眺めることもなく、トモカズはその場を後にした。
自らが作り出したものとはいえ、血や死体を見るのは、気持ちが悪い。
南京、北京、東京、西京。
トモカズの暮らすその国は、四つの大都市に別れての内戦が続いていた。
四大都市の軍事衝突は当然として、
黒社会に宗教組織。あるいは、金の匂いを嗅ぎつけた外資系勢力もあった。
PMC、とどのつまりは現代の傭兵たちはこぞって各派閥・勢力から金を貰い、問題を解決している。
トモカズのように、自由が好きな個人の独立傭兵というものも、決して数は多くないが居ないわけではない。
数式による戦闘は武力・実力の世界であり、個人でも大部隊に匹敵する戦闘力を持ち得る。
独立傭兵は、賞金稼ぎ、護衛人に暗殺者などの汚れ仕事に重宝される。
政治・軍事、経済に数理技術の事情、エトセトラ……を
トモカズの現在地は、東京。
人口は一〇〇〇万人超と四大都市で最も多いが、土地面積なら最小である、人口過密地帯だ。
最近通い詰めている料理店の『あざらし亭』に入ったトモカズは、コートを自らの座る椅子にかけて料理を注文した。会計を電子決済で事前に済ませ、店内に入れられた暖房が、コートに残っていた霜や雪を溶かしていく。
トモカズは、なるべく混み合う時間や、決まりきった時間は避けている。どこかの敵対組織に監視されて襲撃されるのはごめんだった。
『あざらし亭』や、他の客だって巻き込まれたくないのは、同じはずだ。
一〇分ほど穏やかな時間を過ごすと、二十代手前のように見える少女のような店員が、赤ワイン、そしてバゲット・パンとラム肉のハンバーグをお盆に乗せて運んできた。
この店員は見た目も綺麗だし、暇なときは話し相手にもなってくれる。知性も愛嬌もある、良い女だと思っている。
が、トモカズとの関係に、特に進展はない。
彼の望み通り、食前ではなくメインと一緒に提供してもらった赤ワインを一口。
『すっ』とナイフで触った瞬間に肉汁が
飲み込み終わると、赤ワインを再び飲む。永久機関のような動きを、しばらくの間は続けるトモカズだった。
ラム・バーグはトモカズたちの暮らす島国の西にある大陸の、中央あたりでよく食べられているものらしい。
以前、ラムひき肉と野菜の揚げ餃子を食べたこともあるが、小麦粉の皮がカリッカリに揚げられていた印象が強い。だからこそ、その中の具材が引き立つのかもしれなかったが。
茹でられたニンジンやジャガイモなどの付け合せ野菜も、
トモカズは食事を終え、一息吐く。
例の店員は、他の客との応対で、それなりに忙しそうだ。「ごちそうさま」と伝わるように言ってから、トモカズは退店する。
ドアを開けると、アルコールで上気した顔が、春の訪れはまだ遠い寒気にぶつかった。
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