第2話

あの時の私は、公爵になったばかりで焦っていた。

若くして公爵位を継いだ私に、心ない言葉を浴びせる者も居た。自分でも未熟なのはわかっていたが、自分なりに必死だった。

そんな私をリリーは支えてくれていた。 忙しい私に代わり、領地へ赴き領民の声に耳を傾けた。まだ学生でありながら、聡明で、親切なリリーは私よりも領民に慕われていた。


私は王都で執務をこなすだけで精一杯。

確かに領地にはなかなか足を運べなかった。 領民がリリーを慕う事は必然的で、そこに私の私情を挟む必要などなかった。

しかし、私はリリーに嫉妬した。 自分より賢いリリー。 私は少しずつ劣等感を抱くようになっていたのだと思う。 時にはリリーに八つ当たりをする事も増えた。


「君はいいよな。休みが終われば、学園に戻れる。 逃げ場があるんだ。私には無い。 ここで私が失敗すれば、公爵家に泥を塗ることになる。その気持ちが君にわかるかい?」


「ジェームス様。私はジェームス様と共にあります。 私は逃げません。私にお手伝い出来る事は何でもします!」

リリーは必死に私の心を解そうとしてくれていた。

でも追い詰められた私は、リリーに酷い事を言った。


「じゃあ、私を癒してくれよ」


「癒すとは?私、何をしたらよろしいのですか?」


「女が男を癒すと言う事ぐらいわかるだろ?抱かせろよ。今すぐ」


「!ジェームス様…それは…出来ません」


「何で?私達は婚約者同士。何の問題もないだろう?」

この国では、貴族の令嬢、特に高位貴族の令嬢にとっては処女である事は重要だった。

例え婚約者同士でも結婚するまでは清い関係で居る事が当たり前だったのだ。

私が無茶苦茶な事を言ってる事はわかっていた。 リリーは目に涙を浮かべ、帰って行った。

私は何でもすると言ったのに、結局は私の言う事を聞かないリリーに苛立っていた。

今となっては、自分の愚かさに気づくが、その時の私は、リリーの責任にする事で自分を正当化しようとしていたのだと思う。

今更気づいても遅いのだが。

そして、その夜。

私は自棄酒を飲んで、酔いつぶれていた。 服はそのまま、ベッドに横たわる私に女が近づいてきた。

正気の時なら、絶対に間違うわけないのに…私はその女をリリーと思い込んだ。

昼間の事を謝りに来たのだと、そして、私に身を委ねてくれるのだと、そう思い込んだのだ。

その女がマリーで、私が嵌められた事にも気づけなかった。

マリーは声だけなら、リリーによく似ていた。声だけだが。

私は、酒に酔ったまま女を抱いた。 リリーだと思い込んで。

交わった後、新たな人物が二人、私の部屋の扉を開けた。 それはリリーと、マリーの母親だった。

私達はベッドに二人。服は乱れ、明らかに事後だとわかる様相だ。

リリーの顔は青ざめていた。 マリーの母親は口の端をあげ、


「まぁ、まぁ、マリーとジェームス様が想い合っていたなんて、私も知りませんでしたわ。 カーライル家とタイラー家の結びつきの為でしたら、マリーをジェームス様に嫁がせても何も問題ありませんもの。

リリーローズ。貴女は大人しく身を引きなさい。 マリーとジェームス様の仲を引き裂くような真似はしないことね」


リリーは震える声で、


「ジェームス様…今までお世話になりました…マリーとお幸せに…」

そう言うと、踵を返して、走って部屋を飛び出した。

私はその時になって初めて、自分が犯した罪を自覚した。

酔いは一気に醒めた。 服を整える暇もなく、リリーを追いかけようとした。

しかし、ベッドを降りようとする私に、マリーがすがり付く。


「ジェームス様!私、ずっとジェームス様が好きだったんです。 私の純潔を捧げたのですもの、責任取って頂けますよね? 母も見ていたんです。誤魔化さないで下さいね? これで、私が公爵夫人だわ!」

と笑顔で私に告げた。

その顔を見て、自分が嵌められた事に気付いた。

そんなにタイミング良く、リリーとマリーの母親が現れるわけはない。 この女と母親が仕組んだのだと初めて気付いた。

そう言えばさっき飲んだ酒は、タイラー侯爵からの貰い物だ。 何か入れられていたのかもしれない。

何で私が許可してないのに、マリーやこの母親が邸に入って来ているのか、疑問は尽きない。

しかし今はそんな事を考えている暇はない。 リリーを追いかけなければ。 追いかけて、謝らなくては。

私はそう思い、すがり付くマリーを振り払って、リリーを追いかけた。

もうすでにリリーの姿は見えない。

私はとにかく焦った。 このままではリリーを失ってしまう。私のリリー。私の最愛。 私は走って階段を駆け降りようとしたが、酒も入っていたせいか、足を踏み外し、そのまま階段から激しく落下した。

体と頭が痛む。動けそうにない。 階下では、レイノルズが慌てた表情で、私の元に駆け寄ってくるのが、朦朧とした視界の中見えた。

メイドは大きな悲鳴をあげている。 酷く頭を打ったのかもしれない、私はそのまま意識を失った。

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