異世界転生で無双する――、俺の家族が!
蟹蔵部
第一話 少女がトラックに跳ねられたら異世界に転生した――、俺が!
人間、ほんとうにびっくりした時には、頭が真っ白になって動けないものなんだなと実感した。
朝の通勤時間、いつもの横断歩道を渡っていると、誰かの叫び声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、一台のトラックが突っ込んでくる。
いや、歩行者信号青ですよ? どうなってるん?
近づいてくるトラックを見つめながら、純粋な疑問が頭に浮かんだ。妙に現実感がなかった。
どんどん近づいてくるトラックは、ふらふらと蛇行しながら、俺の目の前を歩いている少女に突っ込んだ。
そして弾け飛んだ――、俺の体が。
「は?」
これが俺の最後の言葉だ。
ちなみに、トラックに衝突された少女は無傷で、衝突したトラックはその場に一瞬で静止し、俺以外の犠牲者はでなかったらしい。
「も、申し訳ありましぇん~!!」
ということを、目の前で土下座をしながら精一杯の謝意を表している幼女神が言っている。
「なるほど。部下の新神(しんじん)が手抜きをして、少女の代わりに俺が死んでしまったと」
「は、はい~!」
「はぁ~……」
「ひゅえっ!」
文句はある。恋人もおらず、結婚はしていなかったがまだ30代であったし、仕事もそれなりに充実していた。
ただ、文句を言っても取り返しがつかない。死んでしまった俺は、どこか別の世界に転生するしかないという。
それに、一番悪いのは手抜きした上にやらかした新神(しんじん)である。もちろん責任者だから、目の前の幼女神にも問題はあるのだが、故意にやらかす相手には何を言っても無駄なのだ。
でもため息くらいはつかせてくれ。
「はぁ~……」
「お、怒ってます……、よね?」
「いえ、怒ってません。はぁ……」
「ぜ、絶対怒ってます! あのっ、できるだけ補償はさせていただきましゅ! 例えば、転生先で使えるスキルとか!」
「スキル、ですか?」
「は、はい! あっ! あの、あなたが転生する先なんですけど、魔法があるファンタジー世界を想像してもらえたら近いと思いましゅ! それで、お詫びとして便利なスキルを付けます!」
「例えば、どんなスキルを付けてもらえるんですか?」
「えっと、事情は今回とは違うんですけど、過去にあった例だと、『酒池肉林』とか『魅了眼』とか『モンスター娘化』とかですね!」
「ろくでもねぇな!?」
まじで欲望まみれでろくでもないスキルだった。
「もっと穏便で目立たないスキルはないんですか? 平均よりちょっと才能がある、くらいでいいんですけど」
「ええっ!? そ、そんな弱いスキルでいいんでしゅか!?」
「いえ、十分だと思いますけど」
というか、下手に強力なスキルを持って生まれると、危険視されるとかデメリットがありそうだ。
転生するというアドバンテージがあるんだから、少しの才能があれば十分いい生活ができるだろう。
「な、なんてすばらしいんでしゅか! これまでここに来た人たちは、みんな欲望まみれで、でも今回と同じように新神が失敗した補償でしょうがなく……。断っても大声でどなったり、ぶってくる人もいて……、ううっ……」
幼女神が泣き出してしまった。これまでの人がどれほどひどかったのか。あるいは新神のやらかしがひどかったのか。
「あー、神様も苦労してたんですね」
社会に出てそれなりに経験をつんでいるから、俺にもそういう経験はある。
会話が成立しない顧客や、まじめに働かない新人、口だけの上司……、うっ、これ以上はやめよう。
「俺は少しのスキルでいいですよ。神様がしっかり責任を全うしようとしてるのは、この短い時間でもちゃんとわかりますから」
「ううっ、ありがとうごじゃりましゅ~!」
俺が悪いわけではないが、見た目が幼女なだけあって泣かれると罪悪感がやばい。この幼女神に対して、ろくでもないスキルを要求したり、ぶったりしたやつの気がしれないな。
「あー、泣き止んでください。ほら、転生について説明してもらえますか?」
「は、はい~。えっと不安に思っているかもしれないので最初に話しておきますが、あなたが転生する先は最初から決まっていたところなので、転生することによって誰かの魂が追い出されたり、魂が亡くなったりということはありましぇん」
「んー、それはつまり、俺がいつ死んだとしても、これから転生する人――人だよね?――に転生するってことですか」
「そうでしゅ。通常は記憶を引き継げないんですが、今回は補償ということで記憶はそのままでしゅ。あっ、記憶を消すこともできましゅよ?」
「ああ、記憶は……、このままでお願いします。まだ死にたくはないので」
「わかりました。あと情緒は年相応になります。なので、恋愛も普通にできましゅ」
「それはありがたいですね」
前世から引き継ぐ年齢を考えれば、同年代との恋愛はロリコンということになる。かといって前世基準で恋愛すれば、肉体的には年増好きとなろう。
「はい。過去に一度だけ、情緒もそのままで『りあるあかちゃんぷれい』?、というのをしたいという人がいたんでしゅが……」
「いえ、結構です」
「あっ、はい」
ろくでもねぇな! けれど、赤ちゃんの間も記憶があるというのは、とんでもない羞恥プレイだというのに気付けた。
「記憶をある一定期間封印することはできますか?」
「はい。簡単にできましゅよ」
「では、三歳になるまで封印していただけますか」
「三歳でしゅね。わかりました」
ふぅ、これで一安心だ。 ……あれでもこれって結局三歳になったときに羞恥でやばいことになるのでは?
「それでは他に希望はありましぇんか?」
「ええ、大丈夫です」
「はい。気づいたら三歳になっているような感じになりましゅので、注意してくださいね。では、よい人生を」
「ありがとうございます」
俺の意識は一瞬だけ真っ白に染まった。
◇ ◇ ◇
なんて欲がない人だったんでしょう。平均よりちょっと才能があるだけでいいなんて。今までの人たちに比べたらとってもいい人でしゅ。
“全部の”才能がちょっとあればいいなんて。よし、これでいいでしゅね。
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