第22話
孔雀院さんのアタックは続いた。朝は甲高い声で『ご機嫌よう』をかまし、白菊さんが部屋に戻るなり窓際できゃーきゃーわめく。
苦言を呈してもちょっとしか改善されない。アパートを出た白菊さんに突撃しようとした時は全力で止めた。あんなのに付きまとわれたら人前でも反応せざるを得ない。ただでさえ白菊さんは学校で浮いている。朝っぱらから奇々怪々な動きをしたら孤立が加速する。
峯咲学園は中高一貫。同級生の大半はエスカレーター式で高校生になる。同級生に変人と思われたら高校でも悪目立ちする。それはさすがに不憫だ。
俺はルールを作って孔雀院さんに徹底させた。何度も言葉で釘を刺して、できの悪い学生を送り出す教師のごとく送り出した。
駄目な日が続いて最終日。俺も孔雀院さんも疲れていた。白菊さんがアパートの階段を踏み鳴らして玄関のドアを開ける。
視線で追うだけで何もしない。アクションを起こさない高飛車お嬢様を叱ることもない。俺が何かしても上手くいく未来が見えない。
足元に陰が落ちる。
「あんた、一体何を企んでいるんだい?」
しわがれた声が聞こえて顔を上げる。やたらとでかい顔面と目が合った。
ぎゅわっと閃くものがあった。
「そうだお前がいた!」
反射的に立ち上がる。
でかい図体がのけぞった。
「のわっ⁉ 急に立つんじゃない! びっくりするじゃないか!」
「いいから付き合え小雨。これは白菊さんのためなんだ」
「あの子の?」
小雨が瞳をすぼめる。
俺は構わず事情を説明する。孔雀院さんの心残りの解消と、白菊さんの高校デビューへ向けたリハビリ。後者の方を比率高めにあることないこと語った。
小雨は最初こそ難色を示したものの、白菊さんのためを連呼したら渋々乗ってくれた。孤独に苛まれる彼女を見守ってきた小雨にとって、友人を作ってやれるかもしれないという可能性は魅力的に映ったのだろう。
小雨がコンコンと窓ガラスを手甲で小突く。
屋根の下でガラガラと音が鳴った。同じ空気を共有したのを機に、小雨があれこれ言葉をこねくり回す。
小雨が屋根の上に戻る。大きな口が入室の許可を得た
俺は猫の体で振り返り、丸まった背中に呼びかける。
「孔雀院さん、行くぞ」
「もう、いいです」
「何?」
「もういいんですの。わたくしが誰かに好かれるなんて、夢物語だったのですわ」
「散々人を振り回しておいてそれか」
ため息が俺の口を突いた。
失敗が続いたから無理もないが、諦めるのはまだ早い。
「お前はまだ無視されてない。言葉を交わす機会はあるんだ。現状白菊さんからの心証は悪いけど、世の中にはゲインロス効果っていうありがたい言葉もある。この六日間でイメージは落ちるところまで落ちた。後は上がるだけだ。違うか? 違うな」
「ひどい慰め方もあったものですわね。自分で言って自分で否定しないでくれません?」
「慰めるほど頑張ってないだろお前。俺が助言したアドバイスを何個実行した?」
「全てですわ」
「0《ぜろ》だよ!
「そんなこと」
「ある! これで最後だ、さあ選べ。悲劇のヒロイン気取って沈むか、友達作って満足するか。二つに一つだ」
「それ選択肢ありますの?」
「よおし後者だな、さあ行こう!」
「きゃあっ⁉ ちょっと! 引きずらないでくださらない!?」
「お前霊体だろ。何も問題ない」
「日ごとにわたくしの扱いが雑になっていますわよ! 離しなさい今すぐに!」
「分かった」
手を離す。
孔雀院さんが屋根を転がって落ちて行った。
「何するんですの!?」
「離してやった」
孔雀院さんが恨みがましく仰ぐ。
そうだ、奮起しろ。負けん気苛立ち何でもいい。無理だと決めつけてふさぎ込むより百倍マシだ。
俺は何食わぬ顔をしてにゃーんと鳴き、一足先に白菊さんの部屋に踏み入る。貧弱な孔雀院さんを入れるためなのか、窓際に貼られていたお札がはがされている。
のそのそと高飛車お嬢様が重役出勤をかます。俺をひとにらみして、白菊さんのいぶかしむ視線に気付いてしゅんとする。
白菊さんがお札を張り直した頃には、正座するお嬢様が爆誕していた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
まずはあいさつ。孔雀院さんにしては上出来だ。あれだけ反っていた背が丸みを帯びているけど、威張り散らすよりはよっぽどいい。
部屋に沈黙が訪れる。あまりに続くものだからにゃーんと鳴いて催促する。
丸まっていた背筋が伸びる。
それだけだった。失敗経験を積み重ねたせいか、孔雀院さんが床に視線を落とす。
白菊さんが口を開く。
「それで、今日は私に何の用でしょうか?」
相変わらず白菊さんは警戒している。窓ガラスに頭突きした上に、超上から目線で部屋に入れろ宣言もした。孔雀院さんに対する印象は最悪と言ってもいい。
この時間も、小雨の紹介があったから作り出せたにすぎない。ここで下手を打てば次の芽も潰れる。実質これが最後のチャンスだ。
「ちょっとだけ、昔話を聞いてくださらない?」
白い顔がこくっと縦に揺れる。
桜色のくちびるがぼそぼそと開く。
「昔、プライドの高い女の子がいましたの。眉目秀麗、才色兼備。周りにはいつも取り巻きがいて、まさにパーフェクトな美少女でしたわ」
突っ込まない。もう突っ込まないぞ。これで失敗したら自己責任だ。
俺はちらっと横目を振る。
白菊さんは表情を変えずに耳を傾けている。律儀だなぁ。ため息の一つくらいついても罰は当たらないだろうに。
「でも、偉い人が倒れてから周りの対応が変わりました。周りは後ろ盾を恐れていただけだったのです。少女は居場所を失って、それでも誰かが助けてくれると信じて、周りへ向けて声を張り上げ続けました。滑稽な話ですわよね。自分では何も積み上げてなかったことにも気付かず、好き勝手に振舞った挙句にこのザマですわ。ガンジーも指を差して嘲笑いたくなるというものです」
孔雀院さんが自嘲の笑みを浮かべる。彼女が自分で自分を下げるなんて、俺に見捨てられかけた時以来だ。
なるほど。生前の自分を今と切り離すことで、過去の過ちを口にすることを可能にしたわけか。欠点を直せないなら欠点を避ける。見事なアプローチだ。
「でも、わたくしはそんな生き方をしたくないんですの。人として生まれた以上は、誰かに好かれた思い出を抱いて天に昇りたい。誰も霊体のわたくしを認知できない。でも、あなたなら霊が見えると聞きました。少しでいいのです。あなたの時間を、どうかわたくしに分けてください」
お願いします。その言葉を耳にして、俺は微かに目を見開く。
それは僅かな度合い。それど確実に、孔雀院さんはこうべを垂れた。
白菊さんがおもむろにまぶたを閉じる。部屋が静寂で満たされる。
永遠かに思えた時間を経て、長いまつ毛が上下に分かれる。
「分かりました」
孔雀院さんがバッと顔を上げる。
白菊さんの端正な顔がふっとほころぶ。
「こんな私でよければ、よろしくお願いします」
友人になるにしては、あまりに丁寧すぎるあいさつだった。
俺の記憶では、友人同士がこんなにかしこまったあいさつをしたことはない。互いに友人という関係性に慣れていないのだ。どこに到達すればゴールなのか、そもそもゴールはあるのか。そういったことも手探りで始めなければならない。
二人とも一般的な価値観を知らない分、どこまでも理想を求め続けるだろう。互いに理想の形は違う。何度もぶつかって、そのたびに角を欠けさせて、いずれ丸くなって適した形に落ち着く。
そうなるまでに亀裂が入り、絶交へ至らないとも限らない。本当の友人になれるかどうかは二人のこれから次第だ。
もっとも成否の九割は、孔雀院さんの努力が占めるだろうけど。
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