奥の間にはだれもいない

いぬきつねこ

奥の間にはだれもいない 人の章

 

 弥助の家には神様がいる。


 父が奥の間と呼んでいるその小さな座敷に、毎朝米と水を持っていくのは、一木ひとつぎ家の末息子、弥助やすけの仕事と決まっていた。

 弥助はその日も米と井戸から汲んだばかりの冷たい水を盃に入れて三方に載せ、溢さぬように注意深く廊下を歩いていた。

 外はまだ夜の闇だ。冬の夜明けは遅い。


 ひんやりとした床板を踏んで、弥助は神さまに朝餉を運ぶ。

 ――この先に神がいる。

 弥助は毎晩、女中頭じょちゅうがしらから寝物語に聞かされていた。

「一木家のご先祖さまが神様をもてなして、そしてあそこにまつったから、一木屋はこんなに栄えているんですよ」

 先代の頃から一木家に仕えていた女中頭が、歯の欠けた口でにかりと笑った。笑い皺に白粉が溜まっているのを視界の隅に入れながら、弥助は「かみさま」と呟くのが常だった。他に訊きたいこともあるのに、いつもそれはうまく言葉になってはくれない。

 弥助は薬問屋の末息子である。もっと下に妹と弟がいたが、ふたりとも流行病はやりやまいで死んだ。弥助の上には歳が離れた兄と、嫁に行ってしまった姉がいるが、兄は商いを学ぶことに忙しく、姉は殆ど帰っては来ない。

 女中頭は一番幼い弥助を殊の外可愛がり、乳母のように甲斐甲斐しく世話を焼く。

「坊ちゃんがあんな大病して、それでもここまで大きくなれたのも、みんな神様のおかげなんですよ。だから、坊ちゃん。ちゃんと神様のお世話をするのですよ」


 弥助はこのお役目が誇らしかった。

 いくら物覚えが悪い弥助とて、家の外では「うすのろ」だ、「一木屋の末息子は阿呆だ」と噂されているのは知っているし、その言葉の意味もわかっていた。

 阿呆でうすのろが、初めてもらえたお役目なのだ。


 三つのときに、体中に発疹ができる熱病に罹って高熱を出した後から、弥助はあまりものを考えられなくなった。言葉がうまく出てこなくなり、今考えていたことが何だったのか咄嗟にわからなくなる。動きも同じ年頃の、それこそ店に奉公にやってくる子どもらに比べるとひどく鈍重だ。だからこそ、不憫だと女中頭は弥助を可愛がる。

 一木家の家業は薬屋である。一木屋の煎じ薬はよく効くと有名で、お医者も買いにくる。草の根や木の皮、牛の角や牡蠣殻などを砕いて煎じた薬は風邪や癇の虫や腹下しによく効いた。店を興した祖父は奉公先の薬屋で薬草の知識を蓄えた。もとより学ぶのが好きだったのに加え、奉公先の主人にその才を見出されたのだ。よく効くという大陸の薬草など、伝手を辿って取り寄せてもらい、祖父は新しい薬も数多く開発した。そのような功績が認められ、暖簾を分てもらい自分の店を開いた。祖父には商いの才能もあった。たった一代で店を、この辺りでは類を見ない大店おおだなにのしあげた。

 父もまたさとかった。彼は商才を受け継がぬ代わりに、口才があった。どんな突拍子もない話も、父の舌の上に乗るともっともらしく聞こえる。その才を使いこなし、祖父母が死んで父が跡目を継ぐと一木屋は新しい薬を扱い始めた。

 異形の木乃伊みいらを商い始めたのだ。

 仔牛の体に人の顔を持つ件獣、河童だと言われる鱗の生えた足、頭がふたつある赤子、手のひらほどの大きさしかなく手足の代わりに根が生えた女と男、指が6本ある猿の手……。

 それらを削ってすり潰し、煎じて薬にするのだ。

 父の口舌のおかげか、それとも異形にはそのような力があるのか、金持ちが薬を買っていっては病が治ったと感謝の文が届く。おかげで祖父亡き後も、一木屋は相変わらず大店でいられた。

 弥助は暗い廊下を歩き続ける。奥の間に行くにための道筋は家族の者だけが知っている。使用人が使う目立たぬ細い廊下と、店の立派な通路を出たり入ったりして特定の道順をたどると、袋小路に行き当たる。その左手の壁を押しやると、下に続く階段が顔を出す。階段から足を踏み外さないよう、壁に肩を擦り付けて降りる。三方に載った水がこぼれないように歩けるようになるまでかなり時間がかかった。確かに熱病は弥助の知能をいくらか削り取っていったが、忍耐強く努力家である心根を損ないはしなかったのだ。

 ようやく座敷の前に辿り着く。

 手探りで格子を引くと、防腐剤の臭いがした。

 弥助は丁寧に頭を床につけてお辞儀をし、三方を差し出した。

 そして、灯りに火を入れる。

 火打石の音が暗がりに反響し、やがて行灯の芯に火がつくと、座敷の中がぼうっと闇に浮かび上がる。

 板張りの床の上に畳がたった一畳敷かれ、天井からしめ縄が下がっている。風が入らないから、下がった紙垂はそよとも揺れない。次第に目が慣れてくる。

 まず、ねじくれた指が見えた。こちらににゅっと突き出している指の先はかっと口を開けた蛇だ。頭の方は闇に沈んている。樹木のようにひび割れた腹が見えた。腹はいくつもの生き物の皮が貼り合わされている。身籠っているかのように膨れた形の腹には、乾燥して小さくなった子どもの頭がぐるりと埋め込まれているのだ。目の穴に玻璃はりの玉が入れられていて、かすかな明かりでも反射して光るようになっていた。

 胸には、人のものなのか牛のものなのかわからない、これまた大きな乳房が十ほどついいていた。

 弥助は知らなかったが、赤い腰布の人には男のものが五つ、怒張した形に縫い付けてあるのであった。

 そして、闇に沈んで殆ど見えない頭の影も奇妙な形だった。角が生えている。頭蓋にわずかに残った皮がぴたりと張り付き、湾曲した角を際立たせている。牙の生えた口がわずかに笑って見える。

「かみさまは今日もきれいじゃ」

 弥助は顔を上げて神様を拝んだ。

「やさしくて、きれいじゃ。かしこくて、つよいかみさま。どうか、どうか、一木のお家を守ってください。父上と兄さまが健やかにすごせますよう。どうか……。おれのばかが少しでもなおりますよう……どうか……」

 優しくて綺麗と言うと、姉は喜んでくれた。賢くて強いと言うと兄は喜んでくれた。弥助は多くの言葉を知らない。人が喜んでくれた言葉を精一杯探して神様にお願いをする。

 深く深く床に頭を擦り付けて、異形の神に懇願する。

 弥助の信心が強ければ、神様は一木家を守ってくれるのだ。


 何故なら、父がそう言ったからだ。


 弥助が三つのとき、流行り病が辺りを襲った。

 子どもしか罹らぬと言われていた熱病だったが、子どもたちを看病していた母も病に倒れた。まだ乳飲み子だった弟と妹はあっという間に、皮膚がずるりと剥け、熟れすぎの柿のようになって死んだ。痒い痒いと皮膚をかきむしりながら、熱に浮かされて死んでいくのを、弥助も熱に苛まれながら見た。弥助の隣で彼を抱きしめていた母も、朝が来たら冷たくなっていた。

 父は獣のように吠えて泣いた。

 店中の薬箱を蹴り倒し、半狂乱になって暴れた。

 こんなものが何に効くのだ!死んだ!死んだぞ!嫁も子も死んだぞ!こんなもの!

 そうしてけたたましく笑うと、すうーっと元のように戻った。

 それからである。父が奇妙な木乃伊集めに執心しだしたのは。それまでは商いに箔をつけるためだけに集めていたのを、大体的に求め歩くようになった。

 そうして、父は自分だけの木乃伊も作り始めた。

 屋敷を改築し、奥の間を密やかに造った。

 そこで買い集めたものを継ぎ接ぎして、また継ぎ接ぎして、莫大な金をかけ、七年後に神様は出来上がった。

「信心が足らんかったんじゃ。それだけのこと。だから死んだ。毎日水と米を捧げて祈れば、神様は今度こそお守りくださる」

 父は弥助にそう言って、弥助に役目をくれた。


 だから弥助は祈る。

 父と兄と、お嫁にいった姉を守ってくれ。奉公人たちを、やさしい女中頭を、皆を守ってくれと。

 半刻もそうして額を擦り付け続ける。

 だから弥助の額はいつも擦れて傷になり、汚れて黒くなっていた。

 弥助は不器用だったから、体のとこかにはいつも痣や傷を作ってもいたから、大して目立ちはしない。


 弥助が顔を上げた時だった。

 微かな声がした。


「かみさま?」

「お前の家は絶えるぞ」

 声が、弥助の頭上から聞こえた。

 その日から、弥助に神様の声が聞こえるようになった。


 毎朝、日が昇るまでの僅かな間、神様は言葉を発する。

 しかしそれは弥助が思い描いていたようなものではなく、ただただ恐ろしいものだった。

「お前の家は絶えるぞ」

「おれの信心が足りないからですか?」

 弥助は神様に駆け寄り、ざらついた腹に縋り付いた。

 ずるりと滑り、それでも鱗のある太い足に縋り、必死で頭を下げた。

「そうではない」

 神様の影がゆらりと揺れた。

「お前しか、私を信じないからだ。私を信じるお前を皆が大事にせぬからだ」

「おれはよくしてもらっています!」

 弥助はまた、額を床に擦り付けて神様を拝んだ。

「寒くてこごえることもありません。飯がなくて飢えることもありません。父上も姉上も兄上もみんなやさしくて立派です!ばかなおれを大切にしてくれます!父上はかみさまを信心しております!昼間、幾度もここでお祈りしているのを神様もご存じでしょう?」

「お前は昨夜も親父に殴られただろう?額の傷は、殴られて柱に当たった傷だ」

 弥助は平伏した姿勢のまま、固まった。

 昨夜、弥助は父に呼ばれたのだ。数日に一度、父は弥助を呼んで神様の話をする。極楽かどうとか、外つ国の神がこうとか、弥助には理解できない話を、瞳を光らせて語る。そうして弥助を殴る。相槌がない、理解できていない、姿勢が悪い。理由は何でもいいのだ。ただ、昨夜弥助が「神様は少し怖い」と言ってしまったことが怒りに油を注いだ。正座した弥助を父は蹴り倒し、馬乗りになると頬を張った。それだけでは飽き足らず、首根っこを掴んで揺さぶると、さらに強く殴りつけた。柱の門で額が切れ、畳に血が飛び散った。

 悪いのは自分だ。ばかな自分が悪いのだと、痛みと吐き気を堪えながら、弥助は丸まって父の怒りが解けるのを待った。

 神様にはすべてお見通しなのだ。

 その日は神様の言葉はそこで終わった。


 恐ろしかった。弥助の言葉では表現できない薄皮のようなものが、剥がされていくのを感じていた。

 しかし、弥助は神様のもとに参ることをやめられなかった。

 役目だったからだ。

「フキも、お前を傷つける」

 フキとは、女中頭の名前だ。

「そんなことはありません。フキはおれのことをかわいがってくれます。かみさまのことも、ご先祖さまが祀ったと教えてくれました」

「そのくらいはお前も気がついているだろう?お前は周りが言うほど馬鹿ではない。私を祀ったのはお前の父親だ。先代は私を信仰などしていない。出鱈目だ」

 弥助は前のように平伏することはなかった。

 ちゃんと目を見開いて、神様を見つめていた。

 神様の言うことを理解しようと必死で頭を働かせていたのだ。神さまが言う矛盾点は、弥助も気になってはいた。しかし、自分の頭が悪いから理解できないと思い込んでいたことだった。

「それに、フキは夜毎お前の体を触るだろう?いくら可愛がっているとはいえ、十を過ぎた子どもに添い寝などしない。あの女はお前の体を弄って何をしている?」

「おとなの男になるには必要だとフキに教わりました」

 神様は鼻で笑った。それは、弥助がなにか言ったときに多くの人がする笑い方に似ていて、心をやすりで削られるような気になった。

「違うぞ。弥助。フキはそういう性分なのだ。抵抗しない弱いものを嬲って楽しむ、糞のような人間だ。そのようなけだものが信心などするものか」

 弥助は泣きたくなった。弥助を包んでいた、温かな生活だと思っていた薄皮が剥がされていく。その下にある汚泥が溢れ出していく。


 神様の言葉は恐ろしく、寝る前に目を閉じると何度も頭に響いた。だから、その夜弥助は初めてフキを拒んだ。もっと怖いことになった。

 フキは弥助の胸を撫でる手を止めると低く呟いたのだ。

「この死にぞこないが」

 障子の閉まるピシャリという音が、後戻りできないことを告げているようで、弥助はひとりきりで涙を流した。


「もうすぐ、お前の姉が里帰りする」

 翌日の神様は、不吉なことを言わなかったので、弥助はほっとして顔を上げた。

「はい。赤子を産むのです」

 油断していたからこそ、その次の神様の言葉に弥助は凍りついたのだ。

「子が産まれる前に、お前はここに閉じ込められるぞ」

「姉上は……」

 そんなことをするはずない、とはもう言えなかった。

 神様の腹にある無数の目が、チカチカと光った。

「姉上はお前のような弟がいることを隠したいのだよ。兄上と共にお前をここに閉じ込めてしまおうとしている。兄と父が喧嘩をしている理由はそれだ。狂うてはいるが父親にはまだ愛情があるのだなあ。それとも、己の妄想を聞いてくれる者がいなくなるのが嫌なのか。だが、兄も姉もだめだ。お前をここに押し込める計画を立てているぞ」

「兄上は、かしこくて、つよくて……姉上は、うつくしくて、やさしいです」

「――そう言わなければ相手にしてもらえなかったからだろう?二人は、お前が父に殴られても見て見ぬふりをしていた。今では厄介扱いだ。仕事も与えぬ、手習いもさせぬ。そして家督の邪魔になると分かれば、飼い殺していずれ本当に殺すだろうよ。何を震えている。わかっていただろう?お前は、本当は馬鹿ではない。言葉がうまく口から出ぬだけだ。体がうまく動かぬだけだ。馬鹿だと思いこんで、お前は自分の家を見るのをやめていたのだ」

 冷や汗が背中を伝っていた。

 顔が熱いのに、手足は冷たく、弥助はその場にへたり込んだ。

「かみさまと、共にいられるなら……おれがじゃまになるなら、おれは死んでもいい、です」

 いつもに増して舌が動かない。

 だが、言わねばならない。うすのろで、まぬけで、穀潰しの自分はいなくなってもいい。

「だから、おれが、父上の分も兄上の分も、姉上の分も姉上の腹の子の分もフキの分も信心しますから、どうか……どうか……家をお守りください」

 それは弥助の意地だった。

 初めて父に与えられた役目だった。神様にお参りし、家の安全を祈願せよ。そのためなら、死んでもいい。弥助がここにいる理由そのものだった。

 頭に、手の感触があった。捻くれた指の感触。

「憐れな子だ」

 すぐ近くで神様の声がした。

 異形の神が、体を折って自分に触れている。

 暖かく、愛おしむような手つきで、弥助の髪を掻き回すと、手が離れた。

 やがて気配は去った。



 翌日から、神様は言葉を発しなくなってしまった。

 弥助は泣いて懇願し、非礼を詫びもしたが、角のある頭はぴくりとも動きはしない。

 姉が大きな腹を抱えて帰って来てからは、弥助は家の者の目を盗んで奥の間で神様と過ごすようになった。家の者が探しに来ることはなかったことが、罪悪感を薄め、それがまた辛かった。

 神様の言葉が事実であれば、いずれここで過ごす日が来るのだ。冷たい土壁に凭れて土の床に座り、弥助は神様のことを考えた。どこから来て、いつこの継ぎ接ぎの体に入られたのだろう。神様の声は掠れていて、男のようだった。しかし指は朧げな記憶にある母の手のように優しかった。

 恐ろしいことも言ったが、弥助のことを馬鹿だと貶さなかった。

「かみさま……」

 喉が乾いていた。どれだけ乾いても、神様の水に手を付けることはなかった。

 弥助はようやく起き上がると、ふらふらと階段を登り、そうして異変に気がついた。


 きな臭い。


 何かが燃える臭いだ。

 階段を登るたびに、胸騒ぎが大きくなり、騒音が近づいてきて胸騒ぎは現実に変わった。

 細い使用人通路に、人が重なって倒れている。

 今も床に血溜まりが広がりつつあった。

 倒れた男の背中に、袈裟懸けの刀傷がついていた。

 その脇を弥助はすり抜けた。

 猛烈な血の匂いの中を走る。


 女中頭のフキが死んでいた。

 うつ伏せに倒れている。両の手の指が切断されてばらぼらに落ちていた。弥助の身体のあちこちを吸った唇は、無惨に切り取られて顔に辛うじてぶら下がっている。

 弥助は嘔吐した。何も食っていないから胃液しか出てこない。

 顔を隠し、黒い着物を着た男たちが薬の詰まった木箱を次々と運び出していくのが見えた。

 悲鳴、何かが倒れる音。

 ――やめて!お腹に子がいるの!やめて!

 姉の声は、最後まで懇願していたが、凄まじい悲鳴の後に何も聞こえなくなった。


 ふらふらと弥助は歩いた。

「阿呆のガキじゃ。ロクに喋れん。放っておけ」

 刀を下げた男たちに押しのけられ、尻餅をつく。

 兄と父の首が、豚の木乃伊の首に括り付けてあった。

 断面から滴る血が、豚の体を濡らしている。

「おれの……信心がたりなかったのですか……」

 弥助は呟いた。

 何かが砕けた。

 視線の先では、腹を裂かれた姉が転がっていた。三日月のような傷の中はまるで熟れた柘榴だった。柘榴からへその緒で繋がったままの赤子は、すぐに動かなくなった。


 弥助は泣きながら奥の間に戻った。明かりはつけなかった。暗闇の中で、心もまた暗黒に飲まれていった。

 終わってしまった。神さまの言うとおりになった。家の者の信心を弥助は背負えなかったのだ。

 嗚咽し、そして、ふと思った。



 神様など、本当にいたのだろうか。


 すべて、おれが望んたことではないのか?



「弥助」

 見透かされたように、声がした。

「かみさま……。もう終わりです。終わりです。ごめんなさいごめんなさい……」

 弥助はいつものように平伏し、もう二度と頭を上げるまいと強く念じた。このまま死のう。

 舌を噛めば死ねると聞いたことがある。

 歯で舌を挟み、顎に力を入れようとして髪を掴まれた。

「お前には信心が足らぬ」

「かみさま……」

「ここを出て、修練せよ」

 弥助の目に、何か冷たいものがかかった。

 それはすぐさま灼熱に変わり、己の眼が溶け落ちるのを弥助は感じた。罰だとわかった。神様は弥助を呪ったのだ。

「これからのお前の役目は信心し、私を広めることだ」

 ふわりと体が浮く。痛みで気を失う前に、見えぬはずの弥助の目が、自分を抱えている神様を捉えた。

 焼け爛れた弥助の両目から涙が溢れた。



 ――ああ、神様……。役目をくださるのか……



 その夜、一木屋から炎が上がった。

 黒煙を吹き上げ、炎は三日も燃え盛った。

 集まった野次馬が遠巻きに騒ぐ。

「ああっ!」

 誰かが声を上げて、崩れ落ちる母屋を指さした。

「なんじゃ、あれは……」

 皆が呆然と指差す先で、黒煙は異形の神の形を取った。

 頭に角を頂き、奇形のように捻くれた手足を持つものが、屋敷から抜け出すようににゅうっと空に伸びた。

「あそこの店はおかしなモノを商っていたからなあ。罰が当ったのだ」

 誰ともなく囁きあった。

 焼け跡からは、知恵の遅れた子と蔑まれていた末息子の死体だけが見つからなかったという。






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