第11話 『あたしの苦労した話聞いてよ』

あたしはこの混沌とした街の中で他の兄弟たちと一緒に生まれて母と兄弟たちと生きることに精一杯だったわ。


母はあたしたち兄弟に「人間を簡単に信じてはいけないよ酷い目に遭わされて殺されることだってあるんだから、それに怖いのは人間だけではないの、わたしたちには手の届かないところから飛んでくる黒い生き物にも十分に気を付けなければいけないよ」と


口酸っぱく教えてくれたわ。


乳飲み子だったあたしは、事あるごとに聞かされたその言葉をなんとなく「ふーん」と聞いているだけだったの。


でも、ある日兄弟のひとりが空から舞い降りた黒い生き物に惨殺されて連れていかれてしまったの。


それからというもの、物陰に隠れその日の食事にも困る日々が続いたわ。


母があたしたちを守ってくれようと街のあちこちを引っ越しては安全な場所を探して歩きつづけたわ。


まだ乳離れはしたものの体力はさほどなく、力尽きていく兄弟も居たわね。


父という存在は生まれた時から居なかったわ。


この家庭環境はよくあることだとよその同種にも教えてもらったわ。


それにあたしたちの世界にはその日の食事の取り合いは血を見る戦い【決闘】に勝ったものが優先されるというルールが存在したの。


あたしは誰よりも強くある必要があったわ。


残された兄弟やお母さんにひもじい思いをさせたくなかったからね。


ひとりでいろんな場所で人間たちが勿体ないことに捨てているものを物色できる宝の宝庫を喧嘩に勝って得ることに成功したのよ。


もちろん、あたしに勝てる奴が出てきたらその時は家族ともども飢え死にが目に見えているわ。


あたしが見つけた場所は魚の匂いのする場所だったの。


そこである人間に会ったわ。


その人間は私を見るなり声をかけてきたのよ。


「お腹がすいているのかい?」とあたしは母の教えに従いその人間を警戒したわ。


それでもその人間はあたしに「残り物だけど」と言って食べ物をくれたの。


恐る恐る口にしたものは今まで食べた何よりも美味しかったわ。


母や兄弟たちもそこに行くように促し、しばらくそこには定期的に食事をもらいに行っていたの。


どうやら、あたしたちに食事を与えてくれていたのはその店の下っ端だったようで、あたしたちへの食事を与えていることを知られて店主にこっぴどく叱られたようね。


そして、ある日あたしたちがいつものようにそこに食事をもらいにいくと食事の周りには大きな箱があったわ。


母もあたしも警戒はしたが、空腹に耐えられず食事にみんなで手を付けてしまったの。


その時だった食事を囲んでいた箱は扉が閉まりあたしたち家族は閉じ込められてしまったわ。


母の言う通り人間を安易に信じてはいけなかったのね。


あたしたちは箱の中にいるまま、ある場所に連れていかれたわ。


そこには人間が一人いてあたしたち家族に食事や寝床を用意してくれたわ。


もうあの美味しいものではなく、カサカサとした食事ではあったけど毎日ちゃんと出てくる食事に少し安心していたの。


母はそのうち衰弱していき、居なくなってしまったわ。


兄弟たちはというと、母の居なくなった原因を気にしていたわ。


そうだ、この人間も信用してはいけない。


兄弟たちとあたしはその人間に懐くことなく常に警戒をしていたの。


眠るときも隠れて眠り、話しかけられても居ないふり、そのうちその人間は兄弟たちとあたしをまた運び出したのよ。


今度こそ酷い目に遭うのかもしれないわ。


そうして、たどり着いたのは同じような同種の集まるコミュニティだったの。


そこにいる同種たちはこの場所の事を「ごはんにも困らないし、快適な場所だし世話係も優しい人間ばかりだよ」と言っていたけど


そこでも不思議なことに兄弟たちや先に住んでいた者たちが月に一度ほど連れていかれては居なくなるものや、帰ってくる者が居たわ。


あたしはそこで「みなみ」という名前で呼ばれていたそこに来て、約4か月


あたしはすっかりそこの人間たちをうっかり信じてしまっていたの。


時折、膝に乗せてもらったりして約3年の月日をそこで過ごしたわ。


世話係は複数人いて、どの同種たちにも優しく接する人間たちだったわ。


酷いことといえば、一度どこかに連れていかれ意識が遠くなり目覚めても三日ほど独りぼっちにさせられたくらいかしら。


その時あたしは大切なものを失ったとは気が付きもしなかったわ。


そうしてある日あたしも月に一度のイベントに行くことになったのだけど。


どうやら、あたしを欲している人間がいるらしいのだけど。


あたしはここの生活が気に入っているから気が向かないわ。


夜に少しだけ貰える柔らかい食事、優しい世話係、その膝の上の暖かさ。


どれを失うつもりもなかったのよ。


だから全力であたしは抵抗しイベントには参加しなかったわ。


ところが酔狂な人間もいるもので参加しなかったあたしを呼び出したの。


冬の煌びやかなネオンの光る時期に。


あたしの大好きな世話係はあたしをネットに包み箱の中に入れ、その酔狂な人間の住む場所に運んで行ったわ。


世話係はあたしとの別れを惜しみあたしの好きだった夜に少しだけ貰える柔らかい食事をいくつかを、そこの人間に渡して去っていってしまったわ。


また知らない人間、そして二階建てのあたし専用の部屋、食事は世話係がくれていたものと同じものだけど、恐怖から食事に手を出す気にもならないわ。


なぜなら、この家には同種の匂いがプンプンしているのに姿が見えないのよ。


この人間同種をどこかに閉じ込めている。遠くからうっすら声が聞こえるわ。


相当な悲痛な叫びだ。どんな仕打ちを受けているかわからないわ。


安易に信じてはいけない。


ところがどうしても食事を食べさせたいのかその人間は、怒りを露わにしているあたしに、ものすごくおいしそうな匂いがするものを与えようとしてくるのよ。


手で叩いても、世話係がここに来る前に爪を切ったためダメージが少ないようね。


怒りにも動じないその人間はあたしがそのおいしそうなものを怒りながらも食べるとホッとしたように去っていったわ。


三日ほど経った頃だったあまりにも食べず排泄もしないあたしをみてその人間は困っていたわ。


そして、世話係はもう一人いたの。


そいつはあたしが威嚇するとおいしいものを食べさせる前に手を引っ込めてしまうのよ。


どうやらそいつはあたしが怖いみたいね。


それにしても気になるのはあの同種の叫び声この部屋の匂いのほとんどはその同種の匂いよね。


多分男よ。


あまりにもごはんを食べないあたしに方法として新しい世話係はその世話係が寝ている間にだけあたしの部屋の鍵を開けてくれたわ。


二階建てとはいえあたしには窮屈だったのよ。


とりあえずあたしの脅しに屈しない世話係の寝ている間にこの大きな部屋を探索させてもらうことにしたの。


運動するにはいい高さのものが沢山あるじゃないの。


あら?こんなところに隠れられる場所もあるわね。


少し動き回ったらお腹が空いてきたわ。


ごはんを食べてフカフカのあたしに用意された布団で寝るために部屋に戻って寝たわ。


翌日目覚めた世話係はあたしがご飯を食べて排泄をしたことに大喜びしていたわ。


なるほど、この世話係はあたしを懐柔させようとしているのね。


そんなの甘い考えね。あたしは人間を安易に信じてはいけないと亡き母から口酸っぱく言われているのよ。


そんなに簡単に信用されると思ったら大間違いよ。


そうしてその日の夜もあたしの部屋の扉を開け世話係が眠っている間に気になっていた同種の声が壁越しに聞こえてきたわ。


この同種どんな奴なのかしら…。

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