田舎の商人は都会で騙される? 終

人の業とは深いものです。


 一つの成果を出すと、それが得だと考えてしまうものです。

 罪の意識など繰り返している間に段々と薄れて行ってしまうのです。


 最初は小さなお金だったのかもしれません。

 懐に収めることで自分は苦労もなく得をするのです。


 次第に、それはいつもやっていることだと勘違いして、してもいいことだと思い始めるのです。


 ハンソクさんは、耳元で悪魔の囁きを聞いてしまっています。


「数年前に、あるお客様が手付だから取っておけっと私に言いました。私は戸惑いアクドーさんに相談したんです。私は返そうとしましたが」

「お客様がミスをして、その尻拭いをしてやったんだ。それは我々のお金になったということだ。なんせ仕事をしたんだからな。お客様も良いと言っているなら、対価としてもらって当たり前だろ?」

「そんな言葉に耳を傾け、最初はお客様からの心付けならばいいだろうと、自分を誤魔化してしまいました」


 確かに最初の始まりは、アクドーさんの言葉だったかもしれません。

 ですが、次第に自分でも行うようになり、今回の一件では頭金を丸々自分の懐に入れてしまったというわけですね。


「ハンソクさん。確かに最初はアクドーさんが原因だったかもしれません。ですが、アクドーさんはあなたに悪知恵を教えただけで、その後もそそのかしたのですか?」

「えっ?」


 アクドーさんは腕を組んで憮然ブゼンとした態度を取られています。


「それは……残念ながらアクドーさんの罪ではありません」

「えっ?」

「確かに、アクドーさんがおっしゃったことは褒められたことではないでしょう。ですが、アクドーさんの言葉には、お客様の同意が得られていました」


 アクドーさんは悪い上司に思えていましたが、どうやら部下を守ろうとしていただけのようですね。


「あなたはそれを極大解釈して、アクドーさんが言ったことは正しいことだと繰り返し行うことで、まるでアクドーさんが悪くて、自分は唆されてやったように言いますが、その言葉を利用して横領を重ねていたのはあなた自身です」

「そんなはずはないです! 私はアクドーさんの教えに従っただけで、私は私は!」

「静粛に! アクドーさん。証言をお願いしてもいいですか?」


 ハンソクさんに粛清カードを発動して、アクドーさんに交代をお願いしました。


 泣き喚く仕草を示すハンソクさんではあるが、我が身のスキルである法廷は、暴力行為は一切許さない。

 アクドーさんに掴み掛かろうとしていますが、その前に見えない壁が現れて触れることすらできません。


「改めて質問をさせていただきます。よろしいでしょうか?」

「こうなっては隠しても意味がないことでしょう。なんでも聞いてください」

「あなたは部下であるハンソクさんを守ろうとしましたね」


 チラリと、泣き喚いているハンソクさんを見て、アクドーさんは深々とため息を吐きました。


「はい。こいつが何かしている可能性を、こちらでも調査していました。できれば、公にすることなく内々で終わらせてしまいたいと思っておりました。ですが、こうなってはもうこいつを庇うことはできません。全ての証拠を提出した上で、お客様の契約を正式なものとして行わせていただきます」


 アクドーさんなりにケジメをつけたつもりですが、結局は責任をハンソクさんに押し付けて訴えた原告の二人への謝罪はされておりません。


「それでは足りませんよ。此度は我々が調査に乗り出してしまいました。商業ギルドだけで終わらなかった時点で事件として決定しました。此度は賠償請求を提出させていただきます」

「うっ!」


 アクドーさんは苦虫を噛み潰した顔でこちらを睨みます。


「商業ギルドの問題を怪しんでいながらも、放置して仕事をさせていたのは、商業ギルドの怠慢です。その責任はハンソクさんだけでは補いきれません。事務所に入った際に成績表のような物を飾られていました。煽るような行為をしていたのも商人としては必要なことなのかもしれませんが、ハンソクさんの行為を促す一つになったとも言えます」


 商業ギルドの方針を否定するつもりはありません。

 ですが、あの成績表はアクドーさん自身も成績を上げさせることで功績になっていたのでしょう。


 ですから、ある程度の好成績を出しているハンソクさんを処分することが遅くなったと思えます。


「どうやら答えは出たようですね。それでは判決を言い渡します。ハンソクさんの処遇については商業ギルドのフーさんを監督に後始末をお願いします」

「引き受けよう」


 フーさんの声にアクドーさんが項垂れました。

 

「エルさんの頭金はすでに契約の元で支払われました。ハンソクさんが横領していようと、それは商業ギルドの落ち度とします。此度の契約者はエルさんを主として、部屋の借り入れを本決定事項にしてください」


 ハンソクさんが反論を言われていますが、アクドーさんが同意してくださいました。


「残りの費用はアールさんが半分を持ちます。それを終えて、彼女たちを共同借主としてください。そして、此度は商業ギルドが得るはずだった仲介手数料や資料作成費など諸々の手間賃は迷惑料として無料で行っていただきます。さらに、五年間の家賃から得られるはずだった手数料も無料としていただきます」


 これにはハンソクさんもアクドーさんも、さらに肩を落とされました。

 判決されたことは実行されますので、契約を作り彼女たち二人の所有となることでしょう。


「これにて閉廷します」


 此度の一件は、全てフーさんに後始末を任せて、私たち商業ギルドを後にすることにしました。


「あのっ!」

「うん?」

「リベラさん。絶対に商売成功させるから、買いにきてよね」

「私も頑張ります!」


 エルさんに呼び止められて、アールさんとエルさんに見送られて馬車に乗り込みました。


「ふふ」

「ご機嫌ですね。マリアンヌ」

「はい! 確かに法律を悪用しようとする人はいます。ですが、悪事を働いた人にはちゃんと罰が降る。やっぱり私はこの仕事をしたいって思えました」

「そう気楽なものならばいいのですがね」


 我が身は気楽なマリアンヌに深々とため息を吐いてしまいます。


 

 

 


 

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