蛍の旅立ち
朝起きたら、元に戻っていた。
みたいな事は特になく、俺は一切のクッション性のないベッドで目覚めた。
テオ君と挨拶を交わし、人生初の桶でのトイレを済ませ、紙ヤスリみたいな紙を使い、運ばれたカッピカピのライ麦パンと妙な淀みのある水を胃に詰め込む。
そのあとは、お互い言葉少なめに釈放を待った。
昨夜の就寝時にわかったことだが、テオ君と会話できるのは体の一部が蛍石に触れている間だけみたいだ。
昨日は混乱の只中で意識していなかったが、頭の中で会話をする、いわゆるテレパシーみたいな状況は、少なからず精神的な疲れをもたらしていたから。
少なくとも俺には。
それから1時間後、ライの遣いと名乗る白い髭面で浅黒い肌の壮年男性が現れ、俺たちを牢から出した。
(この人、1級強化士のナーガさんですね。ライの親衛隊副長です。たかだか一般市民の釈放にあんな大物を寄こすなんて、ますます怪しいですねー)
ナーガの筋骨隆々な背中を追いながら、俺は元の体との違いを強く感じていた。とにかく軽い。
何十キロかの肉襦袢を下ろしたということだけではなく、身体能力が根本的に違うんだろう。
実際に可能かわからないが、今登っている螺旋階段の手すりを歩くこともできそうな……
(できますよ。
言われるがままにその言葉を念じてみると、俺の体を琥珀色の閃光が覆い、寸旬で消えていった。
「うおっ!?」
軽いとかそういう表現では足りない、まるで飛べそうなくらいに体がスムーズに動く。クネクネ曲がった平行棒でも、目を瞑って歩けそうな。
(……やっぱり、
無数にある牢と通路から全方向で監視可能な螺旋階段を登りきり、司令階と書かれたプレートのドアの先に、ざっと見て100人以上の看守がせかせかと動きまわる空間が。
無言で俺たちを見張るナーガに代わり、看守の一人が釈放の手続きを進めてくれていた。
しばらく待ち、地下監獄と外を隔てる重厚な扉を開くと、甘やかな風に乗って薄桃色の花弁が舞い込む。
「桜……!」
間違いなく桜だ。異世界とはいえ、同じ植物も存在するのか。それに、この空気は春だ。四季もあるんだろうか。
そう驚く俺に、テオ君が言った。
(桜を知っているんですかー?)
呼び方まで同じ……
ここはパラレルワールドみたいなものなのか?
たとえば、人間が違う方向に進化した世界とか。
パソコンなどのテクノロジーに傾注せず、肉体面を重視してきたとか?
それにしたって、随分と違う方向ではあるけど。
予想外の光景に茫洋と立つ俺の背中を、ナーガがどんと押した。
体幹強化していたが、前転を3度するはめに。
(痛いですねー。多分ですが、ナーガさん、強化してませんよ。それであの腕力ですからねー)
「さっさと行け。オマエが持っていた
ゼムとはこの世界の共通通貨らしい。
いちおう元社会人らしく、ナーガにしっかりとお礼を言い、俺は春の匂いをまとった温い風に桜の花吹雪が舞う異世界の森林を歩き出した。
テオ君が閉じ込められている
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