オッサン、転生して神討伐

ぶんち

第1話:オッサン、少年になって旅立つ

オッサン、テオと出会う

 2024年8月23日に関東を襲った台風13号は、房総半島上陸時点で855ヘクトパスカル。


「過去最大」の勢力で、俺の地元を通った時も相当な勢力。その猛風で崩れた鉄骨ポリカハウスのポールが左目から後頭部を貫通し、俺こと磯山 竜いそやま たつは41年の生涯を終えることとなった。


 宮城県のとある山の麓でいわゆる脱サラ極貧スローライフを送っていた、天涯孤独の俺を助けに来る人はいなかった。

 最期にぼんやりと考えたのは、やっぱり俺、ことし本厄だったのか――

 ガラケー、トイレに置き忘れた……動画開いてるような気が……

 検索履歴……あぁ、誰も見ないから大丈夫か……



 ──でも、俺は目を覚ました。


「え……?」


 あの猛風の中、栽培用ポリカハウスに住みついていた野良猫の様子を見に行ったという間抜けな死に方だったはず。

 猫、いなかったし。

 なのに、目の前に背よりずっと高い鉄格子が十数本。

 その合間から見える、向かいの部屋の鉄格子……人の体臭と排泄物が混ざったような悪臭。すげえ寒い。


 え、これ海外とかの刑務所じゃないか?

 アルカトラ……何だっけ。そんな感じの。

 なんで? 俺何かした? 宮城県にいたよな?

 

 深呼吸してから部屋を確認すると、硬そうなベッド、人の頭が入る幅の桶、ボロ雑巾のような毛布。

 錆びた銀製のトレイ。

 視界の隅を横ぎったのは、2匹のネズミ。

 壁向こうから、地響きのようなイビキ。

 遠くから響く、狂気に満ちた笑い声。


 どう見ても夜の刑務所だ。

 何がなんだかわからず、トレイを持ち上げてみる。ぼんやりと映ったのは、明らかに俺の顔じゃなかった。


 丸顔に髭面、角刈り。絵に描いたような中年と自覚していたのに、ボリュームのある紺藍色の髪、ややつり上がった細い目と胡桃色の瞳。小さな鼻と口。


 猫っぽい少年の顔だった。耳を引っ張ると、耳が引っ張られた感覚がある――これ、俺だよな……


 見下ろすと、少年と思しき細身で小柄な体。

 雑巾のような匂いのする麻の服。

 背は160ちょっとくらいだろうか、とにかく体が軽い。


「なん……これ」


 意味不明な状況に思考が追いつかず、腰が砕けたようにしゃがみこむと、人の声が。


ですね」


 枯れ草色の髪、銀縁眼鏡、起伏の少ない体つきの女性が鉄格子の向こうで足を止めた。

 少女ではないが、まだ若いだろうか。

 どことなくインテリな雰囲気を纏う女性の手には、澄んだ群青色で箱のような形をした石が。

 銀色の鎖につながれた、宝石かもしれない。


「……はい、これをどうぞ」


 鉄格子の隙間から差し出された宝石を思わず手に取る。

 女性の体温だろうか。妙に温かくて、脈動のようなものを感じるのは、この体が激しく鼓動しているからか。


「私はライ。国府コクフの長です。テオくん、キミと交渉したくて、この地下12階まで来ました。私、わりと忙しいんですよ?」


 ペコリと頭を下げられ、長年の社会人経験からか、ワケもわからず反射的にこちらも頭を下げてしまった。


「その蛍石フルオライトをぶら下げて、決められた順番で7つの県を訪ねてきてください。その条件で、キミをここから出してあげます」


 白い肌に高飛車な笑みを浮かべた女性は、やたら小さな爪が印象的な指で宝石を差している。


「フ、蛍石フルオライト? これのことですか?」


 口から出たのは、声変わりが終わったばかりのようなアルトボイス。中性的と言えるかもしれない。

 いや、優先して確認すべきはそこじゃないだろう。

 こんなの、俺の声じゃない。

 何なんだこの状況。

 自分にツッコミを入れてしまう。


「その石のことですよ。とても特別な石でしてね、自身に映ったものをそのまま記憶するんです。で、ちょっと手を加えると、その記憶を確認できます」


「い、いやすみません。その前に確認させてください。ここはどこですか? あなたは日本語を話しますが、ここは日本ではないですよね、俺は……死んだと思ってましたが、日本から連れ出されたんですか?」


 ライと名乗った女性は、目を見開いてこちらを凝視。

 1分ほど押し黙ったあと、小さく頷いてから言う。


「これは面白い。そうなりましたか。どうやら牢獄生活で記憶が混濁しているようですね。では、テオくんを取り巻く状況を説明して差し上げましょう」


 ――ライの説明はこうだった。

 テオと呼ばれている俺は、国府コクフというこの国においてナンバー2の権力者、副府長の骨を7本折った罪で終身投獄中。

 国府は世界で唯一の国であり、24の県を統括する立場にあるらしい。


 暴行の理由は、身寄りのない少女たちに対する副府長の蛮行を止めるためだったらしいが、この国では権力者の特権が非常に強く、終身投獄刑となった。


「ここまではいいですね?」


 ライの確認に頷くのと合わせ、俺の脳裏には()という言葉が浮かんでいた。

 死ぬ間際に見る夢とかではないなら、これは……アラサーの頃にハマっていたラノベのような事態が起きたんじゃないのか……?

 だとしたら、テオと呼ばれる少年の人格はどこに。

 まさか、俺が消してしまったとか――?

 乗っ取りのパターン――?


 ライの説明は続く。

 釈放の条件は、この未だに生温かい蛍石フルオライトを首からぶら下げたまま、この世界に点在する県のうち、指定された7つを尋ねること。


 までに到着し、必ず県のトップである県令、もしくはそれに準ずる地位の者と面会。

 何か困ったこと、例えば近年増えている大型獣ヒュージビストの害で苦しむ県があるかもしれないので、方法を問わず問題解決に導くこと。


 旅の間は蛍石フルオライトを服の外に出しておく。これが条件だと強い念押しを何度か繰り返す。

 どうやら、この蛍石フルオライトが持つビデオカメラのような力で、遠隔視察をしたいらしい。


 石にそんな力があるなんて……

 やはり、死をきっかけに違う世界に来てしまったのか。

 それに、テオと呼ばれるこの少年に任せる理由はなんだろう。ここが世界の中心たる国だというなら、優秀な兵士たちに任せればいいんじゃないのか。


「すべての県を回ったら、戻ってきてください。蛍石フルオライトの記憶を確認しますので。テオくんがもし条件を達成していなければ、また投獄。万が一にも逃げ出したりしたら……世界の果て追いかけて、命を奪いますので。そのつもりで。さあ、どうします? この機を逃したら、死ぬまで狭い檻の中ですよ」


 どうすると迫られても、選択の余地がないじゃないか。

 もし俺が他の誰かになっているのだとしても、何か別の事態に見舞われているとしても。二度目の死を迎えるまでこの牢で暮らすなんて耐えられない。


 だけど、もう少し詳しく話を聞きたい。

 俺の置かれている状況について何か知っているかも。


 そう口を開きかけたときだった。

 握っている蛍石フルオライトがひとりでに震動、いや、どちらかというと脈動し、独特に間延びした少年のアルトな声が頭の中でエコーのように響いた。


(説明はあとでします。ライの要求をのんでくださいー)


「――は?」


(僕はテオです。強化士ブースターをやってます。その体の持ち主。この蛍石フルオライトに魂が移動して、閉じ込められていますー)

 増幅器ブースターをやっている……?

 ――勘弁してくれ。もう頭が追いつかない。

 いや、最初から追いついてないんだけども。

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