#4 アイノカタチ
「S県産の玄米たちが、8年間磨かれて光り輝く“おこめちゃん”になった」
おれとあいこさんの推し「LOVE&※」の、初のオリコンTOP5入りを報じる地元紙は、安直な表現だけど、エモい。記者さん、これ書きながら泣いてたんじゃない?
曲もすごくいいけど、こんな風に地元に愛されて、地元を地盤に全国に飛び出していったLOVE&※が、大好きなんだよな。おれも、ちょっと目頭が熱くなっている。
あいこさん、おれらオタクにできることなんて少ないけど、おれらが買った米が、その米から得たエネルギーが、おれらのコールとかサイリウムになって、LOVE&※はすごいとこまで来たよ。
あいこさんが読んだら、どうなってただろう…いや、絶対号泣してる。
ライブのオープニング、逆光に照らされたおこめちゃん達のシルエットを見ただけで、毎回嗚咽してたあいこさんのことだから。
「号泣して汚す用」と「保存用」と「バックアップ用」で、3部買ってただろう。
新聞紙を見ると、その上にばさっと乗っけた揚げたての天ぷらを思い出す。
おれがここに引っ越してきた日、揚げてくれたやつだ。
*
2年弱前、おれたちは、近々死ぬかもしれない女と、その看取り要員の男として、ノリで同居を決めた。おれがあいこさんちに引っ越したのはそれから1か月後だった。
引っ越すまでの間は気が気じゃなかった。元々住んでたアパートを引き払うとか、バイト辞めるとかそういうこと以上に、お互いの気が変わっちゃうんじゃないかと。だって、ノリで決めたし。おれはいい加減だし、あいこさんは結構気まぐれだし。
いや、おれの気が変わるとはあんまり思ってなかった。もう21なのに、女子中学生並みに惚れっぽいおれは、すでにあいこさんのことを好きになってた。デートの予定が入った女子中学生並みに、引っ越しの日早く来い、早く来いと願っていた。
他の人にできないオタク話が出来て、それ以外にも音楽や漫画の趣味も合うことが分かってて。
あいこさんとのツイートの応酬が日々の楽しみだったけど、同居すればそれがリアルの会話になると思ったら、間違いなくさらに楽しい。
それ以上に、「オタ友」という枠を取っ払って見たあいこさんは、少なくともおれにとっては、チャーミングで気まぐれで、少しシニカルなところもある、魅力的な女の人だった。とびきりの美人ではないけれど、リスみたいなキュッとした目や少し覗く前歯が可愛いな、と思った。
さらに向こうがおれのことを「好みの顔」と言ってくれている。ちょろいおれは、一撃でやられてしまった。
と、浮かれている割に、おれはまったく荷造りが捗らないまま引っ越し当日を迎えてしまった。お金を浮かすために頼んだ赤帽のおじさんに、「なんもできてねぇな!」「不用品回収いつ来るの。時間考えてんの?」等々叱られながら荷積みをした。そして、散々叱ってきたおじさんに、赤帽トラックの車内で懇々と「人生を甘く見るな」と諭されながら、あいこさんちまでの4時間の道中を過ごした。
やっとたどり着いたあいこさんちの、「おれの部屋」になる板の間には、幅3mの大きな鏡が設置されていた。これは、おれが同居するとなったときに生意気にも出した「鏡、買ってくれるならいいよ」というリクエストによるものだった。
おれは小さい頃からダンサーを目指していて、今のところコンテストでもかなり、いいとこまで行ってる。もう一段上に行きたくて、英語も出来ないけど海外留学したいと思っていた。
正直、それも同居した理由の一つで。ちょっとずつでも資金を貯めたかった。田舎、S県にも市街地にならダンススクールがある。ダンス界隈の伝手で、夜はそこの講師をやりつつ、朝から昼前までは仕出し屋でバイトをすることにしていた。
「鏡、ありがと。こんな立派なのくれるって思ってなかったよ。」
「まぁまぁ、お姉さんも一応お金あるのさ。頑張れよ若人よ。」
急なお姉さん風がおかしくて、助手席で叱られ続けても頑張って辿り着いて良かった、と心底思った。
ダンスできるんならさぁ、振りコピ教えてほしいなーとあいこさんが言った。
あいこさんと初めて顔を合わせた時に、あいこさんが披露したオタ芸は笑えないくらい下手だった。それでも、ライブでLOVE&※のメンバーのダンスに合わせて自分も踊ってみたいらしい。
「ライスのフリってそんなに難しくないし、あいこさんでもできると思うよ」
”でも”って言ったのがちょっと気に食わなかったみたいだけど、どの曲がいいかiPhone覗き込んで話して、ライブの定番曲のサビだけやってみよう、ということになった。
あいこさんはやっぱり下手で、手とか脚が一回クロスするだけでもう訳が分からなくなってしまっていた。それでも、腐らず真面目に取り組むいい生徒だった。
「あーもう無理!汗すごい!!おこめちゃんたち偉すぎ!愛がとまらねぇ!」と床に大の字に寝転んで叫んだあと、
「おし、ビール!」と言って小走りで台所に行った。
ビールを飲みながら、あいこさんは直売所で買ったらしい野菜とコウナゴで、かき揚げと天ぷらを次々揚げてった。揚がったらひょいひょい新聞紙の上に乗せてく。そして揚げながらビール飲みながらコウナゴの天ぷらをつまむ。
「ほら、早くしないとなくなるよー」と言われて、おれも熱すぎのところを貰ってビールで流し込んだ。
荷解きに一切着手しないまま、立ったままで宴になる。あいこさんは最高だなと思った。さらっといいチーズとか生ハムとか出してワイン開けてくれてたお姉さん方にも感謝してるよ。でも、台所の熱気と油のにおいの中の立ち飲みのだらしなさが、おれたちなんじゃないかと思った。
ずっとこうやって居られたらって、初日から思ってしまった。
暮らしていくにつれて、おれはどんどんあいこさんを好きになる。
好意を隠すなんてしないおれに、あいこさんは一応構ってくれて、なんだかんだおれたちは、客観的には恋人同士になった。
それは嬉しかった。嬉しいんだけど、おれはどうにも、手ごたえを感じられないでいた。あいこさんがおれをどう思っているのか、彼氏なのか、確信が持てなかった。
今まで付き合った人たちは、一緒にいればいた分、おれに執着してくれた。お願いしたら応えてくれる、冷たくすれば泣いてくれる。そうやって、どんどんおれのために感情がぐちゃぐちゃになっていくのを見ていると、最低だけどすごく安心した。おれを必要としてるなって確認できるから。
でもあいこさんは絶対にそうはならなかった。軽口たたいたり、一緒にいるのに何も喋んなかったり、夕飯は「一緒に食べよっか」となった時だけしか二人で食べないけど、約束は守るし、おれの物には勝手に触れないし、お願い事も「ビール冷やしといて」ってLINE来る程度で。それは、特別に仲のいい友人にそうするような、気は抜いてるけど大人として一線引いてる、という付き合い方だった。
きっとそれが正しいんだろう。でも、おれは、依存したり束縛しあったり、寄りかかられて追いすがられないと、分からない。最後まで、おれは肉体関係のある同居人としか思われてないんじゃないかって、思っていた。いや、思っている。
怖いから、たくさん好きと言った。返してもらえたらきっと安心するって思って。
あいこさんは「え何」「はいはいそうね」「しってまーす」と言うばっかりで、目を見て手を取って、ねえ好きって言ってくれないかな?とお願いしたら、やっと言ってくれる程度だった。
あいこさんが死んで、冷静に自分を省みると、おれって本当に重いしキモい。普通やだよな、こんな男といるの。
*
散々反省した後で、LOVE&※の記事の続きを読み始める。
「LOVE&※は、近々でんぱ組.incとのツーマンライブを予定している」
忘れてた。このツーマンライブは、あいこさんが生きてた頃、でんぱ組とLOVE&※だと、さすがに動員すごそうだからと言って、早めにチケット取っておいたんだ。あいこさんが死んでから、LOVE&※から距離を置いてしまっていた。今回のシングルはさすがに、上り調子のLOVE&※の勝負曲だと思って、多めに買ってたけど。
そろそろ現場復帰するか…と思って、確かあいこさんが買ってた、でんぱ組の最新アルバムをあいこさんの部屋に取りに行った。部屋と言っても、おれの部屋とはふすまで仕切られているだけの二間続きだけど。
このふすま、いっつも開けておけばよかったじゃん。そしてあいこさん側は畳なんだから、一緒に布団並べて寝れば良かったんじゃん。おれ、板の間にわざわざマットレス買って寝てたし…ずっと思ってたけど、何か言い出せなかった。あっさり却下されるのが怖かったからなのか。
でんぱ組のCDは机の上のすぐ分かるところに置いてあった。あいこさんはでんぱ組も結構好きだったから、早く聴くつもりだったのかもしれない。
寝る支度を済ませた後、PCで流しながら、おれの布団に横になって聴いた。
全体的に、家族愛とか人類愛とか、何なら地球規模の愛がテーマみたいで、すっごいちっちゃい愛の欠片が欲しくてあがいてたおれとはずいぶん違うな…と相変わらずキモくなってしまう。そして終盤、ずばり「アイノカタチ」という、アルバムテーマそのままのタイトルの曲で、おれはもろに食らってしまった。
“アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ
どうすればここにあるって証明できるの神様
アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ
どうすれば心の奥へたどりつくのかな”
でんぱ組.inc「アイノカタチ」
違うんだ、もう遅いんだよ。
もう、居なくなったから、あいこさんはいないから、そこにあったって証明はできないんだ。心の奥にも、絶対辿り着けないんだよ。
おれが、ずっと「好き」って言葉だとか、依存してほしいとか嫉妬してほしいとか、ちゃちなカタチにこだわって、あったかもしれない愛をみつけようとしない間に、怖がってあいこさんの心の奥なんて本気で見ようとしてなかったうちに、居なくなってしまった。
でんぱ組が明るく、「アイノカタチ」はわからないけど、「きっと両手じゃ収まんない」と歌う、その希望に、おれは打ちのめされた。
聴いていられない、多分今のおれが聴いちゃいけない。そう思って、停止ボタンを押して、ケースに戻した。ディスクの上に涙がこぼれた。
あいこさんの机に戻しに行ったけど、涙が止まらないし、鼻水も出てきて、拭いたいけど、この部屋の中のどこにティッシュがあるか分からない。おれは、何にも分かってなかった。
ぐちゃぐちゃの顔を袖で拭って、その汚さにうんざりした。
もう徹底的にキモくなることを自分に許して、あいこさんの部屋で、あいこさんの布団で寝た。泣きすぎて目がシパシパしてたからか、即寝だった。
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