第11話 ノエルと迫る夏

 体育祭が終わり、ノエルたちに日常が戻ってきた。ノエルは相変わらず決闘や生徒会の業務で忙しそうにしていた。しかしノエルに決闘を挑む女子は明らかに減っていた。それはノエルに決闘大会で優勝したという、強さの箔が付いたからだ。未だに決闘を挑んでくるのは玉砕覚悟の女子だけだった。


 忙しく日々が過ぎ去っていくと、あっという間に一学期の期末テストが近づいて来た。今回ノエルは図書室や自室ではなく、教室で勉強をしていた。それも一人ではなく、クラスメイトと勉強をしていたのだ。


 前回の中間テストでノエルの頭の良さが周知され、クラスメイトがノエルに勉強を教えてとせがんで来たのだ。ノエルはこのクラスメイトの頼みを嬉しく思った。皆に頼られるのが嬉しかったのだ。また皆で居残り勉強するというのは、とても青春していると思ったのだ。


 クラスメイトが教室に残って勉強していると、生徒会の業務を終えたノエルが現れた。ノエルは普段はしない伊達眼鏡を掛けて登場した。


「お待たせ!」


 ノエルはいかにも先生ですという空気を纏っていた。クラスメイトに勉強を教えることに張り切っていたのだ。

 いつもと違う眼鏡を掛けたノエルに、女子たちは新鮮な魅力を感じていた。そして邪な妄想をしている者もいた。


(家庭教師のノエル君もありね……)


(二人きりで勉強、そして始まる夜の勉強会っ!)


「ノエル君、素敵! うちに保健体育を教えてー!」


 教師ルックのノエルにセクハラをかましたココロは、他のクラスメイトからボコボコにされたが、本人は大して気にしていなかった。


 そしてノエルとクラスメイトたちの勉強会は始まった。ノエルはクラスメイトから質問されると、わからない箇所を丁寧に教えた。その時に意図せずノエルと近づいた女子は、至近距離のノエルの魅力に夢中で、あまり勉強に集中出来ていなかった。


(ノエル君、良い香り!)


「ここがこうなるんだけど、わかった?」


「う、うん!」


 ノエルの問いかけに、女子は上ずった声を出した。本当は何もわかっていなかった。こうしてノエルたちが楽しく勉強をしていると、あっという間に期末テストの日になった。


 ノエルはこの日のために、入念に勉強をしてきた。さらにクラスメイトに教えることで自分の中で勉強への理解が深まっていた。そういうこともあり、ノエルにとって今回のテストはイージーなものとなった。そしてノエルは自信満々で期末テストを終えることが出来た。



          ※



 期末テストが終わり、テストの結果が張り出されると、ノエルはクラスメイトと一緒に確認に行った。クラスメイトもノエルと同様に、今回のテストは自信満々だった。


 成績が張り出されている掲示板を見ると、ノエルのクラスメイトが上位を独占していた。そしてノエル自身も、またしても一位を取っていた。

 この好成績にノエルとクラスメイトは喜んだ。


「ノエル君ありがとう! 今までで一番良い点数が取れたよ!」


「ノエル君も凄いよ! また一位だもん!」


 クラスメイトから褒められたノエルは照れながらも、誇らしい気持ちになっていた。そしてノエルが試験結果を見ていると、ふとライの順位に目が留まった。

 ライの順位は十四位で、前回から大幅に順位を下げていた。ライは決闘大会でノエルに負けてから、突っかかって来なくなった。


 しかしノエルは急に大人しくなったライを心配していた。決闘大会で殴り合いながら本音をぶつけてきたライに、ノエルは心を寄せていた。

 そんなノエルはクラスメイトに引っ張られて教室へと戻っていった。



          ※



 期末テストが終わった週の土曜日、外は太陽がかんかん照りで、すっかり夏の陽気になっていた。そんな中ノエルたちはショッピングモールに来ていた。


 ノエルのクラスメイトが、勉強を教えて貰ったお礼に、ノエルに何かを奢りたいと言い出したのだ。ノエルは最初遠慮したが、クラスメイトは強引に約束を取り付け、今日に至った。

 奢られるのは申し訳ないと感じたノエルだったが、皆と遊びに出かけられるので良いかと、自分を納得させた。


 ショッピングモールに来たノエルたちは服を見たり、ゲームセンターで遊んだりして、期末テストの疲れを癒しながら楽しんだ。


 その途中でノエルは、フードコートでたこ焼きやクレープをご馳走してもらった。ノエルが美味しそうに食べる姿を見て、クラスメイトたちは嬉しそうな表情をしていた。

 そうしてショッピングモールを楽しんでいると、突然クラスの女子グループが一つの提案をした。


「夏休みに海に行く約束したじゃん? だからうちら水着が欲しいんだけど、決めるの手伝ってくれない?」


 ノエルは夏休みに入ったらクラスメイトと海に行くという約束をしていた。女子グループはその時に着る水着をノエルに選んで欲しかったのだ。


「それくらい自分たちだけで選べよー」


「そうだ、女の水着なんてどれも一緒だろー」


 男子グループは嫌がって、一緒に行くのを拒否した。


「あんたたちの意見は聞いてないの! ノエル君、お願い! 少しだけでいいから!」


 名指しで指名を受けたノエルは困った。先ほど食べ物を奢ってもらった手前、断りづらかったのだ。


「まあ、少しだけなら……」


「ありがとう、ノエル君!」


 ノエルは渋々了承した。そして女子グループはノエルを連れて、水着売り場へ向かった。水着売り場に着いた女子グループは早速水着を吟味し始めた。女性用の水着売り場に連れてこられたノエルは、居心地の悪さを感じていた。回りの女性たちが獲物を見つけた獣のような視線をノエルに向けていたからだ。


 そのためノエルは一刻も早くこの場を離れたかった。そんなノエルの心中を気付けない女子たちは水着を試着し始め、ノエルに意見を求めた。


「この水着はどうかな?」


 そう言うとココロは胸を強調するようなポーズでノエルに水着を見せた。ココロはノエルの好みを知ろうと必死になっていた。


「い、いいんじゃない?」


「そっか、それじゃあ、こっちはどうかな?」


 ココロは素早く着替え、ノエルの前で一人ファッションショーを開いていた。ノエルは気恥ずかしくなり、すぐにこの場を離れたくなった。


「ごめん、一旦休憩してくるね」


 そう言うとノエルは水着売り場を後にした。


「照れちゃったのかな、可愛いー」


 女子たちはそんな呑気な感想を抱いていた。


「ふう、疲れたー」


 水着売り場を離れ、近くのベンチにノエルは座った。そこでノエルが休んでいると、隣に知らない女性が座って来た。


「隣、いいかしら?」


 ノエルは話しかけてきた女性を見て驚愕した。その女性は知らない人物ではなかったのだ。座って来たのは、先日の体育祭の打ち上げの帰りに遭遇した、リムジンの女性だったのだ。


 女性は大きな帽子を脱ぐと、プラチナブロンドの髪をわざとらしくはためかせた。


「ふふ、久しぶりね」


 ノエルは一気に剣呑な雰囲気を纏った。そしてノエルはこの出会いが偶然ではないと思っていた。ノエルはいつでも能力を使えるように集中した。


「……何の用ですか?」


「あら、そんなに怖い顔しないで。お話に来ただけよ」


 そう言うと女性は笑顔を浮かべ、敵意がないこと示した。しかしノエルは気を張ったままだった。


「今日は暑いわね。こういう日は避暑地に行ってのんびり過ごしたくならない?」


「いえ、特にならないです」


「あらそう」


 女性はノエルの態度を気にせず、一方的に話し出した。


「さっきの子たちはお友達? たくさんいて楽しそうだったわね」


「僕の後を付けてたんですか?」


「少しだけね」


 ノエルはクラスメイトの話題を出され、さらに不機嫌になった。目の前の女性が自分たちの後を付け回り、調べていたとわかったからだ。


「あら、怒らないで。気になる子のことは調べたくなるでしょう?」


 女性は詫びれもなく、自分の行動を肯定した。


「美味しそうなものも食べてたわね。もっと美味しいものを食べられるけど、どう?」


「結構です」


「つれないわね」


 ノエルは無愛想に女性への返事をした。


「お友達がそろそろ来そうだし、本題に入りましょう」


 そう言うと女性はぐっとノエルに近づいた。


「ねぇ、ノエル君、私のモノにならない?」


 ノエルはこういう輩に昔遭ったことがあった。ノエルを愛玩動物か何かだと勘違いしているのだ。昔ノエルはこの手の人物に誘拐され掛けたことがあった。そのためノエルは女性に強い拒否感を抱いた。


「嫌です。僕は誰のモノにもなりません」


 ノエルはこの手の輩に害されないために、ここまで強くなったのだ。ノエルはきっぱりと拒否した。


「あらあら、また振られちゃった」


 女性はわざとらしく悲しそうな表情を見せたが、ノエルはそれを冷たい目で見ていた。


「私、財力には自信があるんだけど、それでもダメ? 何でも買ってあげるわよ!」

 女性は大きく手を広げ、自身の財力をアピールした。しかしノエルはそれに靡かなかった。


「大丈夫です」


 ノエルは明らかな嫌悪感を示しているが女性はめげる様子を全く見せなかった。


「残念、それじゃあ今日はこれくらいしておくわね」


 女性は立ち上がると、ノエルに手を振って去って行った。


「また今度ね」


 女性は再会を匂わせていった。ノエルは女性が去ったことで緊張を解いた。するとそこに一足先に買い物を終えたココロがやって来た。


「ノエル君、お待たせ!」


 ノエルに声を掛けたココロは驚いた。それはノエルが今まで見たことないほど、表情を歪めていたからだ。


「ノエル君、さっきの人知り合い?」


「いいえ、違います」


「ならナンパ? ノエル君をナンパするなんて、百年早いよ!」


 ノエルはココロの発言で笑顔を取り戻した。そして続々と買い物を終えた女子グループがやって来た。その頃にはノエルの表情はいつもの柔和なものに戻っていた。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」


 そうしてノエルたちはショッピングモールを後にした。しかしココロは先ほどの女性のことを考えていた。


(ノエル君があんな顔するなんて! 何したんだろう? それにしても、怒ってるノエル君も格好良かったなー)


 ココロはさっきの女性をただのナンパだと思っていた。しかしこのときノエルもココロも、さっきの女性の危険性を把握できていなかった。

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