第9話 ノエルとライ

 ヒロキとの戦いの後、ノエルはフラフラになりながら控え室に戻った。あまりの激戦だったため体力のほとんどを使い切っていたのだ。おぼつかない足取りで控え室に入ったところで、ノエルは倒れそうになった。


 そんなノエルを抱き留めた人物がいた。それは亜麻色のウルフカットがよく似合うマコモだった。ノエルは身長差がかなりあったこともあり、顔がマコモの豊満な胸に埋もれる形で抱きしめられていた。


「マコモさん、ありがとうございます……」


「ボロボロだね、今治すから」


 そう言うとマコモは抱きしめた状態で能力『癒しの波動 パナケイア』を発動した。マコモの能力でノエルの傷は癒え、疲れが取れていった。

 しかしノエルの負傷はかなりのもので、マコモの能力でも完全に治すことが出来なかった。


「ごめん、完全には治せなかったっぽい」


「大丈夫ですよ、かなり良くなりましたから!」


 治療が終わり、いつもならすぐに離れるのだが、マコモはノエルを抱きしめたままだった。


「あの、マコモさん?」


 マコモは意図せずノエルを抱きしめられて役得だと思っていたのだ。マコモはノエルの問いかけを聞こえないふりをして、数秒間ノエルを抱きしめ続けた。そしてやっと満足したのかマコモはノエルを離した。


「それじゃあ、次も頑張ってね」


「はい!」


 そうしてマコモは別の生徒の元に治療へ向かった。

 そしてノエルは一旦控え室から外へ出て、闘技場の観客席へ向かった。なぜならノエルの次の戦いはかなり先の予定だからだ。これから他の学年の準決勝までが行われ、そしてまとめて決勝戦が行われるのだ。

 ノエルが控え室から出ると、廊下でアヤカと出会った。


「アヤカさん、お疲れ様です!」


「お疲れ様、ノエル君」


 アヤカは二年生の決闘大会に出るために来たのだ。


「ノエル君、さっきまでの戦い、見事だったわ。良くやったわね」


「ありがとうございます!」


 ノエルはアヤカに褒められ嬉しくなった。学園で最強の座に着くアヤカから、戦いぶりを褒められたのだ。嬉しくないわけがなかった。


「このまま決勝も頑張ってね」


「はい!」


 軽く雑談を交わしたノエルは頭を下げて、控え室に向かうアヤカを見送った。そしてノエルはクラスメイトが待つ闘技場の指定の席へと向かった。席に着くとクラスメイトが盛大にノエルを迎えた。


「ノエルくーん! お疲れ様―!」


「かっこよかったよ!」


「さすがノエル君!」


「皆の応援のおかげだよ! ありがとう!」


 暖かく迎えられたノエルは席に着くと、他学年の決闘大会を見始めた。他の学年の戦いも熱く激しい戦いが多かった。学年が上なだけあり、出場者は皆能力が洗練されており、戦いの規模が違った。

 特にアヤカの戦いは見応えのあるものばかりだった。アヤカの戦いは特に洗練されていて、美しさすらある戦いぶりだった。


「頑張れー!」


 ノエルは全ての選手を応援していた。そのノエルの応援を、自分を応援していると勘違いした出場している生徒は、いつも以上の力を発揮していた。



          ※



 ノエルが決闘大会を楽しんでいると、あっという間に三年生までの準決勝が終わり、いよいよノエルの番が近づいていた。


 ノエルが控え室に行くと、すでにライがおり、そこで出番を待っていた。ライはノエルが来たのに気付いたようだったが、ノエルに声を掛けることはせず、静かにモニターを見ていた。ノエルもライに話しかけづらいため、ライから離れた位置に座り、モニターで一年生の三位決定戦を見た。


 三位決定戦はヒロキとライに負けた女子生徒が戦っていた。ヒロキは最初から全力で攻めており、相手の女子生徒はヒロキの攻撃を捌くので精一杯という様子だった。

 ヒロキは先ほどのノエルとの戦いで、蓄えていたエネルギー源をかなり使い込んでおり、残った分は少ないようだった。そのため短期決戦のインファイトに持ち込んでいた。


 そしてヒロキは一方的な攻めで、女子生徒に何もさせず、そのまま試合を終わらせた。ヒロキの攻撃に女子生徒がノックアウトし、三位決定戦はヒロキの勝ちとなった。

 戦いが終わったヒロキは見た目がかなり変わっていた。もともと肥満体型だったヒロキだが、戦いを終えた今は標準体型ほどまで痩せており、まるで別人のようだった。


 そしてヒロキと女子生徒の戦いが終わったということは、いよいよノエルとライの決闘が始まるのだ。準備を終えたノエルは闘技場に入場した。

 ノエルとライが入場すると、割れんばかりの歓声が二人を包み込んだ。美少年とイケメンの戦いということもあり、この日一番注目されていた戦いなのだ。ノエルとライの因縁を知らない観覧客は二人を見て、ただ単純に眼福だと思っていた。


 ノエルとライは闘技場の中心で向かい合った。そして審判の先生の開始の合図を待った。


「それでは、決勝戦! 始め!」


 試合開始の合図と同時にノエルは『白竜 ホワイトドラゴン』を発動し、強靱な鱗を纏った。そしてノエルはライの出方をうかがった。

 対してライも既に紫電を纏っており、臨戦態勢に入っていた。しかし今のライはこれまでと比べて、圧倒的なまでの紫電を纏っていた。それを見たノエルはライが本気だとわかった。


 ライの能力、それは『雷神 アルゲース』。

電気を操り、それを放つことが出来る能力だ。しかしそれだけではなく、電気エネルギーを運動エネルギーに変換することもでき、それにより稲妻のような高速移動を可能としている。


 二人はお互いの出方をうかがって睨み合っていた。そして最初に攻撃を仕掛けたのはライだった。ライは指向性の雷撃をノエルに放った。ノエルは迫り来る紫電を上空に飛び上がることで避けた。

 そのままノエルは上空でライの次の行動を待った。するとライは飛んでいるノエルに向かって、連続で雷撃を放った。


「落ちろ! 爬虫類野郎が!」


 ライの雷撃を、ノエルは三次元的に飛び回ることで避け続けた。いつまでもノエルに雷が当たらないことにライは苛立った様子だった。


「俺が一番だと! 証明してやる!」


 ライはさらに出力を上げ、雷の雨をノエルに向かって放った。あまりに広範囲の攻撃にノエルは避けきることが出来ず、雷撃に被弾してしまった。


「くぅっ!」


 雷に当たり、一瞬ノエルは怯んで動きを止めてしまった。それを見逃すライではなかった。ライはすぐに追撃の雷を放った。それはノエルに直撃した。そしてノエルはその攻撃で地面へと落下した。


「はぁはぁ、さすがに効いたろ!」


 ライは一旦攻撃を止め、呼吸を整えた。雷を制御するのは相当な体力を使うのだ。しかしノエルは立ち上がり、ライに向かって笑って見せた。


「こんなもんじゃ、やられないよ!」


 そう言うとノエルは、一気にライに飛びかかった。そしてライのボディに拳を放った。ノエルの拳が直撃したライは、痛みで一瞬怯んだが、すぐに雷を無差別に放って、ノエルに追撃させないようにした。

 ノエルは雷を避けるため一旦ライから距離を取った。そして雷を止めたライは怒りの表情でノエルを睨んだ。


「やりやがったなっ!」


 ライは怒りながらも、頭では冷静に作戦を立てていた。


(雷撃はあの鱗のせいで効果が薄い。なら、直接殴るまで!)


 ライは再び紫電を纏い始めた。そして今度は近接主体の攻撃に切り替えた。ライが動くとそこに残像が生まれ、ノエルはライの姿を見失ってしまった。


 ライは一瞬でノエルの側面に回り、超加速した拳を叩き込んだ。意識外の一撃を喰らったノエルは痛みから呻いたが、すぐに腕を振り、ライに攻撃をした。しかしライは一瞬で距離を取り、また一瞬で距離を詰めた。そしてノエルに攻撃を与え続けた。


「俺が勝つんだ! 俺の方が上なんだ!」


 しかしノエルもやられてばかりではなかった。ノエルはライの攻撃のリズムを掴み始めていた。そしてライが攻撃してくるタイミングを読んで、逆にカウンターを叩き込んだ。


「ぐはぁっ!」


 ノエルの強化された膂力による一撃は、防御力が高くないライにとっては致命的な一撃だった。腹部を抉る一撃を喰らったライは一旦ノエルから離れた。


「はぁはぁ、クソがっ!」


 悪態をついたライはすぐに攻撃を再開した。しかし先ほどの一撃が予想以上に重く、思うようにスピードを出せていなかった。

 そのためライの攻撃はノエルに防がれるようになった。そしてライはカウンターをたくさん喰らうようになった。


「僕の何がそんなに気に入らないのさ!」


 ノエルは声を張り上げながら、ライと殴り合った。


「全部だよ!」


 ライは雷を纏わせた拳でノエルに殴りかかった。


「俺よりチヤホヤされやがって! 俺より上にいるのは許さねぇ!」


 二人は本音を吐き出しながら、ノーガードの殴り合いを繰り広げた。そして殴り合うこと数十秒、お互い一旦距離を取って力を溜め始めた。

 ノエルは翼をはためかせて上空に飛び上がり、そのまま全速力でライに向かって滑空し始めた。一方でライも紫電を纏わせ、全速力でノエルに飛びかかった。


 お互いの全力の一撃がぶつかり合い、そこに大きな土埃が舞った。観客は勝敗がわからずザワザワとしていた。

 すると土埃が晴れ始め、そこにノエルが立っていた。ノエルは竜鱗がほとんどはがれ落ちてボロボロの状態だったが、何とか立っていた。一方でライはノエルの足下でノックアウトしていた。


 そしてノエルは竜のような雄叫びを上げて、勝利を噛みしめた。観客もそれに呼応するように大歓声を上げた。

 ノエルは歓声を背に受けながら控え室に戻った。そして疲れから控え室で倒れてしまった。



          ※



 ノエルが目を覚ますと、白い天井が目に入った。


「ここは?」


 ノエルが起き上がると、体中から痛みが押し寄せてきた。ノエルは控え室で倒れた後、マコモに治療され、保健室に運ばれたのだ。その旨を保険医から聞いたノエルは、マコモに感謝した。


 そしてノエルが起き上がったのはかなり時間的にギリギリだった。既に三年生の決勝戦が始まっており、表彰式までもう少しだったのだ。ノエルは痛む体に鞭を打ち、何とか立ち上がって表彰式へと向かった。


 ノエルが着くと、ちょうど三年生の決勝戦が終わったところだった。そして少しの休憩時間が挟まれた後、表彰式が始まった。

 ノエルはお立ち台の一番上に立ち、先生から優勝記念の金メダルを貰った。ライはというと、ふて腐れた顔をしながらメダルを受け取っていた。三位のヒロキは柔やかな笑顔でメダルを受け取っていた。


 こうしてノエルの学園での初めての大型行事である体育祭が終幕した。

 しかし今回の体育祭でノエルの姿を見た者の中に、邪悪な思想の者がいた。ノエルはその存在には気づけていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る