第Ⅱ節『ノイシュヴァーベンランテ』

   グレゴリオ暦2448年5月14日…。

降下ポットは、恐らく湖とおぼしき地形に"着水"した。

 全面に展開された浮袋により、水面を漂うポット。

遠くから見ようが近くから見ようが、半分水に浸かり、浮袋によりボコボコとした円錐形の物体、それは違和感以外の何物でも無い。

 着水から約30分後、中部壁面のハッチから、宇宙服を着た1人の人間が現れる。

「―――これより湖面の液体を採取する。」

水質検査は、惑星『NS-3エヌエス=ドライ』における最初の活動となった。


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 指令第12075号

グレゴリオ暦2445年4月1日(中央時間)発令


ノイシュヴァーベンラント星系3番惑星、NS-3エヌエス=ドライに存在すると考えられる、太陽系外文明と接触せよ。なお、現地民との戦闘行為は、自衛を除き認められない。


(中略)


Wir我らの行く末を決める重大な行動である。その点を心に留めよ。



署名

第32代指導者、ヨハネス・ハイミリヒ。


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 「地表との送電並びに通信手段が確立されました。」

惑星"NS-3エヌエス=ドライ"の軌道上。

この時代、送電には送電線では無く、電波が使われ、迅速な母船からの送電が可能であった。

母船にはヘリウム融合発電機が存在し、何らかの理由で電波が妨害されない限り、永続的な送電が可能なのだ。

「宜しい。…にしても、この星系を"ノイシュヴァ新しいシュヴーベンランテァーベンの地"と名付けるとはな…。」

 Wir我らでは、"シュヴァーベンランテシュヴァーベンの地"と言う名に大きな意味が存在する。

いにしえよりWir我らは、シュヴァーベン人と呼ばれ、シュヴァーベンは"Wir我らの故地"とされる事があった。

このシュヴァーベンランテ星系は、太陽系外で一番最初に人類が生存可能と位置付けられ、太陽系ともあまり離れていない。

 "ノイシュヴァ新しいシュヴーベンランテァーベンの地"とは即ち、Wir我らの新天地を意味していたのだ。

(しかし同時に、シュヴァーベンには"田舎"と言う意味も存在する。)

「最終目的は…そう言う事移住となるのだろう…。」


 明日あす、原住民との初接触が行われる。

…着陸地点より東に数十キロ。

そこに、明らかな人工物が確認されている。

党幹部と思想将校、数人の学者らで構成される使節団は、この惑星NS-3エヌエス=ドライ時間の翌日、降下地点から出発する予定であった。

「"現地民との戦闘行為は、自衛を除き認められない。"か…。

指令書によれば、指導者閣下は、この星の原住民を懐柔すべきと思し召しだ。」


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 かつて、大陸南部の広大な領土を有していたトゥル=イハントゥル帝国

数十年前、突如として南方より襲来したトゥル=イハントゥル帝国は、大陸の南半分を瞬く間に掌握した。しかし同国皇帝たる"大帝ケルテイ・イハニ=トゥル2世"の死後、複数の対立王が登場し、数多の国家へ瓦解した。

 その"残骸国家"の一つ、テル=ハン《テル帝国》は、北部で国境を接する国家連合、トルメニ帝国に侵攻。トルメニ皇帝ルインヴィヒ・ヘイデリーヒ=ハンは、諸侯らから兵を招集するも、同国最大諸侯たるケェリンゲリ王領のケェリ王が戦死した事により、諸侯は逆に一部諸侯が離反する事態となっていた…。


   トルメニ帝国北部、ノーレン=ヘイデリーヒ王領。

ノーレン=ヘイデリーヒ王は自身の部下にあたるカーツ公より、とある報告を受けた。

(正確には、カーツ公の使者経由の報告である。)

「皇帝との謁見を求めておるのか?」

陛下とは付けなかった。これは非公式な場であるからで、この時トルメニ皇帝の権威が過去最低にまで落ちていた事も関係する。

「はっ。その通りであります。

彼の国は新興国家との事で、我が国と是非国交を結びたいと申しております。」

「新興国家…その国は何処いずこにある?」

「ケルド伯爵領の北、その国境沿いと主張しておりますが、ノール語で話しておりましたので、恐らく由来は北部にあるかと。」

ノール語とは、大陸北部で話される言語である。

「…皇帝に直接の接触は、慣例上許されるものでは無い。

余との謁見を取り付けよ。…今はそれ所ではないのだが…。」

「彼らはノール語を話すそうですが、通訳者は如何致しますか?」

家臣の1人が言う。

「要らぬ、ノール語なら余も話せる。

…そうだ、使者よ。もう下がっても良いぞ。」

「はっ。」

…その新興国家とは、宇宙よりやって来たWir我らであった。

「宮中伯を呼んでくれ、皇帝陛下へ手記をしたためる。」

Wir我らNS-3ドライで最初に接触した国家、トルメニ帝国。

南部のテル=ハンテル帝国からの侵攻を受け、瓦解を始めていたこの国家は、Wir我らとの接触により―――




―――…事となる。

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