第171話【閑話】呪霊王ドスバレル

 儂はドスバレル。呪霊王と呼ばれし者。


「……バイアル……死んでしまうとはのぅ」


 少し前に、ラディエンス王国の貴族令嬢を攫ってくると言う呪契約を交わした妖魔バイアル。

 そのバイアルとの契約が消滅した事を感知した。

 契約が達成された訳でも無く、違反した訳でも無く、強制解約された訳でも無い……消滅した。

 つまりバイアルは死んだのじゃ。


「勇者アレンに倒された……とは思えぬのぅ……いや、新たな仲間を得たか?」


 バイアルは粗忽な所は有れど、見切りや判断は早い。

 アレンは単純に直接戦闘が強いタイプで、搦手を使うタイプでは無い。アレンと遭遇したとしても、逃げる事くらいならば可能であろう……そう見込んでおったのじゃが……。

 確かバイアルがアレンと行動を共にしている存在の事を仄めかしておったの。勿体ぶって何者かは遂に語らなかったが……おそらく祝福持ちであろうな。

 アレンの奴は、妖魔シュレスを倒したあの戦いで従者を失って以降は、新たに仲間を作っておらなかったのじゃがのぅ。

 ともかく、バイアルがどのように戦い、どのように死んだのかは分からぬが、よもや儂の潜むこのラトニアの町に辿り着きはしまいか……。


「儂はこの町から動けぬからのぅ」


 儂の固有能力『呪』でこのラトニアの町に、呪いの種を蒔いている最中なのだ。

 呪うには様々な条件が有るが、この町全体を呪う為の対価として、儂がこの町の下を丁度流れている地脈を汚し、その魔力を流用しておるのだ。

 ここで呪いを中断し儂が移動すれば、対価を失った呪いが儂自身に返って来る『呪い返し』と言う現象が起こりかねない。

 儂は今、この町から動けぬ。


「この町から勇者聖女協会の目を逸らさねばのぅ」


 権力者達に憑依していたディスロヴァスが死んだ事によって、魔石無しの間で騒ぎになっている事件。その事件によって、勇者聖女協会は現在敏感になっておる。似た様な事件が起きれば、協会の目はそちらに向くであろう。

 バイアルは契約違反を犯した訳では無いので、儂の情報は洩れてはいないはずじゃが、何かしらの手段でバイアルからこの町との関連を知られ、勇者聖女協会の目がこの町に向いてしまうのは非常に困る。

 バイアルが殺されるまでにはラディエンス王国ではそれなりに暴れたのであろう。おそらく協会が興味を持つ程度には。

 ラディエンス王国はこのラトニアの町から東。更に東に注目を向けてやるとしようかのぅ。

 こんな時の為に、丁度良い駒を抱えておるのじゃからのぅ。


 深緑の刺繍が入った漆黒のローブを羽織り、泣き顔の仮面を付け、ラトニアの町中に出る。

 闇魔法によって気配を殺しながら誰にも見つからぬまま歩き、町の外れの近くにある倉庫へと入る。


「ルエリ殿、お久しぶりじゃのぅ」

「こ、これは、バレルさん」


 倉庫の中に匿っている男に声を掛ける。

 バレルは儂の偽名。ドスを抜いただけ。安直とか言うんじゃないぞい。

 この男はラディエンス王国の、更に東のルフレット王国から来た男じゃ。

 ルフレット王国の人身売買組織に所属し『誠実の盾』という冒険者パーティーを装って情報収集の任務を行っておったが、仕事に失敗し、仲間を失い、返り討ちにあった相手に悪事を働かぬと言う契約までさせられて、この町へと逃げてきたらしい。


「バレルさんが匿ってくれて本当に助かります」

「そういう契約じゃからのぅ。気にせんでよいぞ。対価の仕事はキッチリして貰うからの」

「は、はい。そ、それは……つまり……」

「うむ、そろそろ仕事を頼もうと思ってのぅ」

「……分かりました。何をすれば良いので?」

「この袋の中の粉をラディエンス王国よりも東の方ならどこでも良い。村でも町でも、とにかく人の居る所でばら撒いて欲しいのぅ」

「そ、それは何の粉なのですか?」

「それは言えんが、ばら撒いたらすぐに東へと逃げるんじゃぞい。それで仕事に関する契約は終了じゃ。後は好きに生きるとよいぞ」

「わ、分かりました」


 ルエリは匿ってやる対価に儂の依頼する仕事を請け負う契約を交わしておるからな。断れまい。

 そして粉をばら撒けば、この男自身も無事では済まんのじゃがな。

 じわじわと体が腐り、やがてアンデッド化する病魔の粉じゃ。感染力も高い。

 勇者聖女協会がすぐに対処するであろうが、協会の注目は粉がばら撒かれた東へと逸れるであろう。

 粉をばら撒いたこの男の身元が調べられれば好都合じゃ。ラディエンス王国の東、ルフレット王国で活動していた冒険者を装った犯罪者じゃからのぅ。

 この男が捕まっても契約により、儂やラトニアの町に居た事は話せぬ。話そうとすればたちまちアンデッド化じゃ。勿論、契約状態にある事を話そうとしても同様。更に鑑定されそうになっても呪契約は発動する。抜かりは無いのじゃよ。

 協会の注目は東へ東へと逸れていく計画じゃ。


「道中はくれぐれも顔を見られんようにのぅ。以前の仕事柄、その辺は慣れたもんじゃろ?」

「はい」

「ほれ、旅費じゃ。では出発してくれんかのぅ」

「い、今からですか?」

「今までも此処に潜んでおっただけじゃろ? 用事なんて無いじゃろ?」

「分かりました。あ、あの……確認ですが……この袋の中身の粉って……禁制品ですよね?」

「まぁの。くれぐれも衛兵に見つからんようにのぅ。今までも隷属の首輪なんかの禁制品を隠し持っておったのじゃろ? 見つからんやり方は知っとるじゃろ」

「ええ、それは問題ないのですが……禁制品の持ち込み持ち出しは犯罪。悪事に判定されるので……」


 なるほど、この男は以前に契約させられた『今後一切悪事を働かない』に違反してしまう事を恐れているらしい。


「お主も心配性じゃのぅ。何か月も前に、魔道具も無し、契約の魔法陣も無しで交わした契約なんじゃろ? そんな契約ならもう効果は無いわい」

「ほ、本当に?」

「契約に関して儂ほど詳しい者はそうおらんわい。安心して仕事に取り掛かって欲しいのぅ」


 契約を交わすに場合、契約書の魔道具によって契約を持続させる、もしくは契約者に魔法陣等で何かしらの刻印を刻む、といった方法を取らねば契約の効果は段々と弱まっていく。

 このルエリと契約を交わす時に体を見たが、刻印などは無かった。

 契約者の事を一切話す事や、その時の出来事に関して話す事は禁じられていたようじゃが、自分がどういう契約状態であるかを話す事までは禁じてはおらんかった。

 ルエリに悪事を禁じた契約者は素人じゃのぅ。詰めが甘い等とか言う段階ではないわい。そんな素人の行った契約なんぞ、とうに効果切れじゃ。


「分かりました。世話になりました」

「うむ。道中くれぐれも気を付けて欲しいのぅ」


 そう言って、灰色のフード付きローブを羽織ってフードを深く被り、町の門へと向かうルエリを見送る。

 町に入る時はともかく、出る時は顔を見せる必要は無い。

 後はこの倉庫でルエリの食事の手配等の世話をさせていた日雇いの娘を口封じに呪い殺しておかねばならんのぅ。名前は確かエリ―じゃったのぅ。この町でルエリの存在を唯一知っている娘じゃからな。

 ルエリが町に入る時に顔を見た衛兵は既に病気を装って呪い殺しておる。ルエリがこの町に居た痕跡は残してはならぬからのぅ。


 そういった段取りを考えながら歩いていると……。


「む? 何やら門の方が騒がしいのぅ?」


 その門は……ルエリが向かった門である。


 ……何か……嫌な予感がするのぅ。

 行ってみるかの。


 門に近づくにつれ、かなり大騒ぎになっているのが分かる。

 一体、何事なのじゃ?

 人々の声に耳を傾ける。


「お、おい? これは何の騒ぎなんだ?」

「見ていなかったのか? 灰色のフードを被った見慣れない男が門を出ようとした時、急に苦しみだし、胸から禍々しいオーラの様な物が出て来て全身が腐っていき、最後には黒い塵になって消滅したんだ!」

「はぁ!? なんだそりゃ?」

「凄まじく……悍ましい出来事だった」

「体が腐っていき最後には黒い塵に!? そ、それって、聞いた事があるぞ! 『悪魔の仕業』と言われてる事件の被害者達の死に様だ!」

「なんだって!? あの世界的大事件の!? それが何故、この町で?」

「そんなの分かるか! とにかく勇者聖女協会に連絡だ! 『悪魔の仕業』に関しては協会が調べているらしい」

「い、嫌ぁ! こ、この町にそんな恐ろしい悪魔が潜んでいるというの!?」

「すぐに勇者聖女協会にこの町に来て貰わねば!」




 ……。


 なん……じゃと?



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 ルエリは第46話で主人公が魂契約を交わし、その場で見逃した『誠実の盾』の生き残りです。

 魂契約は魂に刻印を刻むので、ドスバレルさんはそれを見抜けませんでした。

 魂契約を使う魔人族は五千年前に絶滅した種族なので、いくら契約に詳しいドスバレルさんでも、流石にそこまでは知らなかった様です。

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