第168話 美容も重要らしい

 私は馬車内の扉の前に陣取って警戒。

 外の様子は見えないけど、音からすると激しい戦いが行われている様だ。


「ルーノ。我が国最強のライアン将軍に加えて、ブラストまで参戦したのだから、ルーノの出番は有り得ないわよ。そんなに警戒しなくても良いのよ」

「お、お言葉ですが、戦いが終わるまでは警戒させて頂ければと……」

「ルーノさん。お嬢様がこう仰っておられるので楽になさって下さい」

「は、はあ」


 外で血生臭い事が起きている真っ最中だと言うのに、マリアンローズ嬢とティアナ嬢は落ち着いたものである。


「私もティアナも、ダンジョンでレベル上げをした事が有るわ。この手で魔物を殺した事が有るのよ」

「ラックス侯爵家は東候として、長年ラディエンス王国の東の守りを任されてきた、由緒ある家系なのですよ」

「武門の貴族家として、女であっても多少の戦いの心得はあるし、この程度で浮足立つような事は無いわ」

「浮足立ってるのは、ルーノさんだけですよ?」


 私の考えを読んだのか、そう答えるマリアンローズ嬢とティアナ嬢。

 そういや、この世界ではパワーレベリングしている貴族も居るんだっけ?

 確かに、浮足立ってるのは私だけだな。


「詳しくは聞かないであげるけど、ルーノは武門系の家では無かったみたいね。当家なら礼儀や文系スキルが無くても、戦闘能力が有れば評価してあげれるわよ」

「お嬢様の仰る通りです。ルーノさんのその見目で武器無しで戦えるのは評価に値します」

「あ、そ、その……こう見えて本当に平民でして……」

「まあ、そういう事にしておいてあげるわ。でも一つだけ教えて欲しい事が有るのよね~」

「ええ、お嬢様。今でしたら、そういう事に口煩いブラストさんもいらっしゃいませんし……」

「……はい?」


 二人の私を見る目が、獲物を狙う肉食動物に見える。


「ねえ! その髪と肌! どう手入れしてるのよ!? それとも何かのスキルって情報は本当なの!? 教えてよ!」

「教えて頂ければ、相当の褒賞はお約束致しますわ」

「ええ?」


 おいこら。

 外で死闘を繰り広げてる部下達が居るのに、そんな話をするんかい!

 せっかく腐った貴族では無いと思ってたのに!

 それと私の事、結構調べてるんだね。そりゃそうか。


「これはこれで貴族社会で戦う為には重要な事なのよ。領民の為にもなるわ」

「冒険者のスキルの事を詮索する事は、無作法だとは存じております。ですが、美容に関するスキルの様ですので、知られたとしても冒険者として致命的にはなり得ないかと」

「内容次第では十分な見返りは用意させてもらうわよ!」


 またしても私の考えを読んだのか、更にプッシュしてくる二人。

 マリアンローズ嬢、何気に気安い感じだな。見た目年齢的には、私と同い年位だからだろうか?


「い、いや~。複合的な? 何といえば良いのか……私も上手く説明出来なくて……」

「複合的とは?」

「そ、それを説明する為には、そ、その……説明できない部分が前提となって、やっぱり説明出来なくて……」


 超タジタジである。

 迂闊な事を言えば、更に掘り下げて来やがる。

 超ピンチ!


 ――そんな時、馬車のドアがノックされる。

 た、助かった。

 二人の凄まじい猛攻のせいで完全に外の事に気が回っていなかったけど、どうやら戦いが終わった様だ。


「ケチチチチ。楽しいお話し中に失礼しますぜ」

「「「え?」」」


 聞こえた声は、飄々とした声。

 ライアン将軍でもブラスト氏でも御者でもメイド達無い、その声に、三人で思わず顔を見合わせる。

 というか、この特徴的な口調は確か、ルアイバとか言う――


 ――次の瞬間、馬車の扉が周りの壁ごと吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた壁の大穴から、漆黒のローブに青い刺繍の入ったローブ姿に笑い顔の仮面を付けたひょろ長い男――ルアイバと呼ばれていた男がのそりと馬車内に入って来る。


「こいつは手土産だ。受け取んな」


 そう言ってケチチ仮面が”何か”をこちらに放り投げて来る。

 私が投げられた”何か”を受けようとして……圧倒的PERの動体視力で”何か”の正体が分かり、咄嗟に悲鳴を上げて”何か”を避ける。


「ひっ!」

「――きゃああああ!」

「あ、あ……ま、まさか……ブ、ブラ……スト?」


 投げられた”何か”は……ブラスト氏の生首だった。

 大分血生臭い事に慣れてきたつもりだったけど、見知った人の生首にはビビってしまう。

 大きく空いた壁の大穴から、外の様子が見える。


 胸に穴をあけ、血だまりに沈んだライアン将軍。

 首の無くなったブラスト氏の身体。

 騎士従士達にメイド達に御者、エリックを含めた襲撃者達も全滅していた。


「ケチチチチ。魔石無しにしちゃ、まあまあ手応えの有った鬼だったぜ。その生首の奴もな。祝福を持って無いのが残念だわ」


『魔石無し』って言った!?

 こ、こいつ――妖魔か!?


 飄々とした態度と口調で、ケチチ仮面は私達三人ににじり寄って来る。


「ん? お前みたいなピンク髪の女が居たっけかな?」


 ケチチ仮面が私を見て言う。そして――私にとって最大級の恐怖の言葉を発する。


「ケチチチチ。もしかしたら祝福持ちかも知れないな……”鑑定”させて貰うぜ」

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