第12話 ゴブリンに敗北
「知らない天井だ……」
……嘘です。知ってます。転生したんだよな。
部屋の木窓から光が差し込んできてる。
ベッドから降りて伸びをする。
「う~ん、やっぱ夢じゃないんだね」
気疲れした反動でよく眠れたみたいだ。
よし、今日は薬草採取だ。
街へ行く馬車が出発するであろう日までの宿代は前払いしてあるけど、馬車代や街に着いてからの宿代等を考えると、今の手持ちのお金では些か心許ない。
少しでも稼いでおかないと。
宿を出て最初に来た街道のある方の門へ向かう。
この村の周りはほぼ森だけど、ダンジョンの方の森は鬱蒼とし過ぎだしね。
門では昨日と同じ門番の人が居たので挨拶する。
「おはようございます。昨日は色々ありがとうございました。これから森に薬草採取に行ってきますね」
「お、そうか。ゴブリンには気を付けろよ。お嬢ちゃんみたいな女の子は狙われやすいからな」
「はい、ありがとうございます。気を付けていきますね」
「ああ……それと、この村では問題は無いだろうが、行き先をあまり口にしない方が良い。誰が聞いてるか分からんからな。お嬢ちゃんみたいな子を狙うのは魔物だけとは限らん」
「え? あ……そ、そうですね。気を付けます」
門から出て、街道沿いに歩く。
門番の人、あそこまで心配してくれるとは優しい人だな。
まあ、今の私が若い女の子に見える、というのが理由の大半だろうけどね。
前世と同じ冴えない中年おっさんのままだったなら、あそこまで心配してくれるとは思えない。
因みに、この世界のゴブリンは女を攫って凌辱するタイプだ。小動物の雌や人間の女を攫い、子供を産ませ繁殖するらしい。どういう強遺伝子を持ってるんだ。正にファンタジー。
私がゴブリンに捕らえられ、苗床となりゴブリンが大量繁殖し、村にゴブリンの大群が……そうなってしまう事も門番は心配してるのかもしれない。
……やばい。
ゴブリンの苗床となった、自分を想像してしまった。
元男としては凄まじく悍ましい。いや、元男でなくても悍ましいか……。
それと盗賊や人攫いにも気を付けろって事だよね?
この世界は前世日本とは違う。奴隷制度が有り、隷属の魔道具や魔法が有る。
ほとんどの国で奴隷の管理に関する制度が有るが、違法に奴隷を扱う輩は少なからず何処にでも居る。
攫われたら闇市で違法奴隷として売られてしまうのかな?
……うーん。
村から出てまだ五分も経ってないのに、早くも村に戻りたくなってしまった。
これ、やっぱ街に行くまでは、村の中で掃除仕事でもしながら凌いだ方が良い気がしてきた。
我ながら意志が弱く、行動がブレブレである。自覚はしてるけど……どうしよう。
残金は銀貨が残り四枚と少し。
馬車が出るまでの雑費は掃除仕事で賄うか……。
でも街では、おそらくこの村より物価が高いんだろうなぁ……。
やはり今の手持ちのままでは心許ない。
ゴブリンに凌辱されるのも怖いが、お金が無くなったら詰んでしまう。借金奴隷になるのも御免だ。
私にスキルは無い。ただ、あの白い世界で、身体能力に全振りした。
確かSTR(筋力)VIT(丈夫さ、体力)AGI(速度)INT(魔力)MND(魔法防御、制御)PER(感知、感覚)だったな。詳細は忘れたけど、だいたいこんな感じだったと思う。
PERは少し珍しいパラメータだったな。洋ゲーとかでたまに見るくらいか。
そういえば前世に比べて、遠くまで見え物音もよく聞こえる。老眼が出始めてたのが治ったからとかそういうレベルでなく、本当に凄くよく見え、よく聞こえる。嗅覚も凄い。
このPERというパラメータに全振りしたお陰で、視力聴覚なんかの五感が強化されているのかもしれない。悪魔の種族特性なのかもしれないが。
ただ、不器用さに悩んでる私にとって、一番欲しかったDEX(器用さ)が無かったんだよね。その代わりがスキルって事なのかな?
ともかく、今の私は不器用ながらも戦闘タイプなんだろう、と思ってる。
というか、身体能力によるゴリ押ししか出来ない、とも言える。
そもそもゴブリンといえばあらゆるゲーム、ラノベにおいて雑魚中の雑魚。恐れていては何も出来ないよな。前世で3Dゲームで大迫力の大型ドラゴンみたいなのと対峙していた私だ。ゴブリンにビビる訳は無い……と思おう。ゴブリン如き、身体能力全振りの私の敵ではないはずだ。むしろ出てきてくれたら、一匹銅貨一枚で更に魔石も付いて来る。美味しいじゃないか!
気合を入れて街道そばの森の近くを探索する。
「むう、薬草ないな」
左右の森を見渡しながら、街道を歩くも薬草は見当たらない。見逃してるだけかもしれないが……。
いや、こんな誰かが頻繁に通るであろう場所に、薬草が残ってる訳ないか。
やっぱ木々を分け入って、森の奥に入らないと見つからないよな。
森の中に進路を変えて、ガサガサと木と木の間を分け入って進む。
「ふむ、色々な匂いが……」
PERのお陰か、前世の時からは考えられない程、様々な匂いを嗅ぎ分ける事が出来る。しかも雑多な匂いの中でも、意識すれば指向性を以って特定の匂いを嗅ぐ事が出来る。
ただ、木や草花、土の匂いはともかく、他の匂いはなんなのかよく分からん。
虫の死骸の臭い? 何かが腐った様な臭いに、腐ったのとは違う異臭。
鼻が利く様になったところで、判別が出来る訳じゃないからな。
「……お? これは水の匂いかな?」
しばらく進むと湿った匂いに気が付いた。いや、凄いね。こんなに鼻が利くなんて。
水辺に生えてる薬草もあったな。行ってみよう。
更に、しばらく草木を分け入って進むと、開けた場所に沼地があった。
「お、なんか薬草がありそう!」
沼地の方へと進む。
「……ギギィ……」
ん?
……何か聞こえた。
その場で足を止め、耳を澄ます。
耳を澄ますと自分の心臓の音が、ドクドクと高鳴るのが分かる。
先程から不明だった謎の異臭が近い。
……もしかしてもしかすると……。
聞こえ間違えでなければ、先程聞こえた音はおそらくゴブリンの……。
そこまで考えた時、茂みの中から何かが飛び出してきた。
その何かは緑色の体色。身に着けているのは腰に布切れ、体長は百センチ少し。長い耳、そして口は大きく裂け、牙がまばらに生えていた。
手には木の棒を持ち、大きな白く濁った眼でこちらを睨む。
醜悪な小鬼。ゴブリンだ。
「ギギギィーー!」
ゴブリンが咆哮を上げて私に向かってダッシュしてくる。
「……あ……」
身体が……動かない。
魔物が居るこの世界。
その世界で初めての魔物との遭遇。
頭が真っ白になる。
醜悪な魔物が、大きく裂けた口から、涎を垂れ流しながらこちらに迫って来る。
――は?
「ぅうわわああああぁぁ!」
木の棒を振りかざし、ゴブリンが飛び掛かって来る。
それを目前にしてようやく体が動き、声が出る。
目を瞑り、手で頭を抱えて蹲る。
「グギャァア!」
ガコッっという音と共に頭に何かの衝撃。
……木の棒で殴られてる?
「グギィ! ギィィィ!」
――ゴスゴス。
ガンガンと殴られてる?
――ちょ、うわ、やめ、やめ、やめて。
「ぁああああああわわわわ!」
走る。走る。
木にぶつかり、鈍い音を立てながらも走る。
やがて森が開け、街道に出た。
「――あ……はぁ……」
逃げてきた森の方を振り向く。
「……追ってきては……いないか」
ペタリと道に座り込む。
殴られてる最中からどうやって振り切ったのか覚えてないが、ともかく逃げることが出来たようだ。
「……こ……こ……こえぇーーーーーー!」
いや、これ、いや、なんというか……。
……ゴブリン……あんなにも……恐ろしいのか……。
違う。
全然違う。
何がゲームでの3Dド迫力のドラゴンに比べれば怖くないだよ。何を頓珍漢な事を考えていたんだ私は。
そもそも比べること自体がおかしかった。恐怖の次元が違う。
あの強烈で生々しい害意に晒されているのは、ゲームのキャラでなく私自身なんだ。ゲームだから、攻撃されてるのはゲームのキャラだから、大型のモンスターの攻撃を目の前にしても、怯むことなく動けるんだ。
でもこの世界はゲームっぽい世界ではあるが、ゲームではなく現実なんだ。
それを分かっていたつもりで……実感出来ていなかった。
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