#780 『水の底より』
僕が中学生になった頃の事だ。
毎夜、奇妙な夢を見るようになった。それは決まって暗い水底を泳ぐ夢。
遠い頭上の水面から射し込む光が、そこに異様な光景を見せてくれている。それは水の底に沈んだ集落で、古い木造建築の家々があちらこちらに分散して建っている。
僕はその集落の中を泳いで渡り、そして一軒の家へと辿り着く。毎晩毎晩、決まって必ずその家へと辿り着くのだ。
「ぶはぁっ!」僕は息を吸い込み目を覚ます。
いつもの部屋のベッドの上、まだ真っ暗な世界の中で、息も絶え絶えに目を覚ますのである。
とうとうある晩、「なんか夢見悪いんだけど」と家族にその事を話してしまった。
普通ならば一笑に付される程度の話題なのだが、何故か家族の全員が僕の話に食い付いて来る。
「どんな町並みだ」
「出て来るのはどんな家だ」
聞かれて僕は紙に落書きをすると、誰もが唾を飲み込み、「その家には誰がいた?」と聞くのである。
「分からん。入った事がねぇ」言うとすかさず、「じゃあ入れ」と返される。
「息が続かん」と言えば、「夢なんだから溺れる事ぁねぇよ」と言われる。仕方無く僕は、「じゃあ今夜同じ夢見たら、もうちょい頑張ってみる」と安請け合いをした。
さて――またしても夢は見た。そしてその夢の中、何故か家族に言われた言葉だけは覚えているようで、息は苦しいが懸命にその家の中へと入ろうと頑張るのである。
だが玄関も他の窓も鍵が掛かっている。仕方無くどこかの窓でも割ろうかと思っていると、突然縁側の雨戸が開き、そこから背の小さな丸っこい老婆が顔を出したのだ。
老婆は僕に向かって笑いかけ、そこの廊下に下がる干し柿を指差した。
夢はそこで終わる。いつもよりも大きな呼吸で目を覚まし、僕はその翌日にその夢での出来事を皆に話した。
「でかした!」と、親父は言った。果たしてその日に何があったのかは知らないが、それっきり同じ夢を見る事は無くなった。
のちに家の仏間で、夢で出て来たあの老婆の姿の遺影を見付けた。
これは後で聞いた話だが、僕が生まれる以前、家族が住んでいた家は高台のダムの底になってしまっていたらしい。
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