#679 『床下の友人』

 僕が高校の頃の話である。

 深夜、友人四人と共に近所にある廃屋へと忍び込んだ。それはその町でも評判の、幽霊屋敷であった。

 確かにその家自体も怖かったのだが、僕個人としてはその家の老朽化の方で、歩く度に家全体に軋みが走るのと同時に、いつこれが倒壊してもおかしくないなと言う懸念の方だった。

 まず一階を探索し、次に二階へと向かう。だが結局怪異などと呼べるものは何も無く、そろそろ撤収しようぜと言いながら一階へと降りる。そこで友人の一人であるH君が、とうとう僕の懸念通りに床を踏み抜き、床下へと落下したのだ。

「大丈夫か?」皆でその開いた穴を覗き込み、声を掛ける。すると――

「だいじょうぶ」と、H君の返事がする。だがその声は確かに本人のものだとは思うのだが、やけに元気が無くそしてとても緩慢で抑揚が無いのだ。

 皆でH君を助けようと床下に懐中電灯を向けるのだが、何故かその床下の闇は濃密で、どこをどう照らしているのかすら分からないぐらいに光が何も射さないのだ。

「手を――誰か手を貸してくれないか」

 床下からH君の声が聞こえるのだが、何故か誰もそうしようとはしない。その暗闇の中に手を差し込むと言う行為に、とても抵抗を感じたからだ。

「どうしようか……」と迷っていると、どこからか足音が聞こえて来る。しかもそれはどうやら二階から降りて来る階段を踏みしめる足音のようで、僕らは咄嗟に物陰に隠れてその様子を伺った。

 誰が――? と思えば、その姿はなんと床下の落ちた筈のH君で、降りて来るや否や、「大丈夫?」と、開いた床の穴に向かってそう聞くのだ。

 手を差し入れるH君。やがてH君は踏ん張りながら、その床下から“誰か”を引っ張り上げた。

 その“誰か”は、またしても抑揚の無い声で「ありがとう」と言い、やがて二階へと消えて行ってしまった。そして僕らは急いでH君の手を取り、その家から逃げ出した。

 後でH君に、「あれ誰なの?」と聞くが、「あの家の子だよ」と笑うばかりで、上手い説明はしてくれない。

 それから十数年が経つ。今以てH君は健在ではあるのだが、あの晩の出来事についてはいつも笑って誤魔化すばかりで、未だにその真相は明らかにはなっていない。

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