#263 『真夏の葬列』

 私が高校生だった頃の話だ。

 それは夏休みの始めの辺り。さっさと面倒な宿題は終わらせようと二階の自室で懸命に苦手な教科から潰していると、いつの間にか机に突っ伏して寝ていたらしく、やけに妙な雰囲気で目が覚めた。

 何か妙な物音がする。どこからだろうと耳を澄ませば、それは外から聞こえて来る。

 そっと二階の窓から外を覗けば、表の通りを歩く喪服姿の人々の葬列。うわぁ、誰か亡くなったんだと思い、階下へと降りて玄関に向かう。

 外へと出ると、うつむき加減で歩く人々が家の前をぞろぞろと通り過ぎて行くのが見えた。

 誰もが位牌や遺影、骨壺を入れた箱などを手に持っているのだが、そんなに大勢の人が亡くなるような事がこの村で起きたのかと、そちらの方に驚く。

 なにしろ、過疎な場所なのだ。町から大きく外れて更に奥へと向かった、長い長い一本道に家々が点在している程度の小さな集落。世帯数などいくらも無いような村なのである。誰かがそこで亡くなれば、あっと言う間に集落全員に伝わるであろうほどの場所で、どうしてここまで長い葬列が出来るのかが不思議で仕方がなかった。

 しかも、見ればその葬列に参加している人々の顔に知り合いは全くいない。驚いて門から顔を出してその葬列の先を眺めて見れば、それは村の遙か彼方にある大きな辻の向こうにまで続いている。今度は葬列の最後尾を確かめようとすれば、それもまた村の奥の林の先まで続いている。

 村中の人々全員が出て来ても、この葬列の一割にも満たない。ならばこの人達はどこから来て、どこへと向かっているのだろうと思った。そうしながら、門の前の段差に腰掛け、ぼうっとその人の流れを眺めていると、キイッと音をさせて目の前に自転車が停まる。見ればそれは近所に住む幼馴染みのタツ兄で、彼もまた唖然としながらその葬列を眺め、「何これ?」と私に聞くのだ。

「何って聞かれても分からない」と私は答え、しばらく二人でそれを呆けながら見ていると、突然その葬列の中の一人である中年女性が、男性の遺影を掲げながら、私の方を見てにっこりと微笑んだのだ。

 瞬間、全身に怖気(おぞけ)が走った。私自身も訳が分からないままタツ兄の手を掴んで家の中へと引っ張り込み、玄関の戸を閉める。

「何事だよ」とタツ兄は聞くが、ここでも危ないと察した私は、尚も兄の手を掴んで二階の自室へと引っ張って行った。ここなら安心――と思った矢先、激しい衝突音と、立っていられない程の衝撃で私とタツ兄は床に転げる。

 二階の窓から外を見れば、家の門柱が粉々に砕けて散らばっている。何事かと一階へと降りれば、どうやら暴走車が突っ込み家の居間まで乗り上げてようやく停止したらしい。

 タツ兄の乗っていた自転車は、紙のようにくしゃくしゃになっていた。

 あの葬列はもう既にどこにも見当たらなかった。

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