#261 『分かりません』

 仲介業者の紹介で、少々不便な場所にある一軒家の内見をさせてもらった。

 古民家でカフェをやりたいと相談すると、とても良い物件があると言われて案内してもらったのだが、確かにそれはとてもうってつけな印象の家だった。

 古びてはいるが中はとても綺麗で、驚く程に広く、ここで店をひらいたならばどこをどうしようと言う想像だけで胸が高鳴った。

 ただ一つ気になったのが、内見で各部屋を見て回っている際に、どこからか「バタン」と、やけに響く物音がする事。それは何度も私の耳に届き、その都度、「これ何の音ですか?」と仲介業者に聞いたのだが、返事は決まって「分かりません」だった。

 とりあえずその家を購入するつもりは充分にあった。どこをどう見ても良い印象しか持てず、金銭面的にもそれは最高の物件だったからだ。

「どうされますか?」と、一階の廊下を歩いている際に聞かれた。

「ここにします」と、私は答える。

 同時に、通り掛かった和室の畳がぐわっと上に持ち上がり、がりがりに痩せ細った裸体の少年が私達を睨み付け、「ひっぱっちゃるからな」と言い残してふと床下に消える。そして支えを失った畳が、バタンと音を立てて閉じた。

 埃が舞い、私達の目の前までそれが届いた。

「なんですか、あれ?」

「分かりません」

 すんでの所で、契約書へのサインは免れた。

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