#223 『K鹿邸』
私がまだ幼かった頃の話だ。
Y市の外れに、“K鹿邸”と呼ばれる洋館の大邸宅があるのだが、年に数度、身内、親類と言った一族の血縁関係者全員が呼ばれる事があった。
大抵は身内の冠婚葬祭などの催しで、他には定期的に盆暮れ正月をそこで過ごさなくてはならない決まりとなっていた。
私の叔父に当たる人物で、“キヨシ”と呼ばれる人がいる。どうやら精神疾患をわずらっているらしく、K鹿邸へと来ると常に叫び声を上げたり走り回ったりするので、親類縁者の誰もがそのキヨシ叔父を嫌っていた。
だが、私は知っている。叔父は別に精神を病んでいる訳でもなんでもなく、そのK鹿邸で起こる様々な怪異に耐えられないだけだと言う事を。
なにしろそのK鹿邸には、驚く程の霊体が蔓延っていた。煌びやかなドレスを着て歩く貴婦人の亡霊や、マント姿で宙に浮かぶ男性。裸体のまま下半身だけを天井から突き出した大勢の男女や、両目をくり抜かれて床をのたうち回る家政婦など、訳の分からない亡者で満ち溢れていたのだから。
叔父はその全ての存在に怯えていた。だが私は物心付く前からその邸宅の事を知っていたし、何より私までもが「見える」とでも言ってしまったなら、叔父と同じ扱いを受ける事を知っていたからだ。
そうして私が中学生になる頃。正月の集まりで、叔父が皆の前で倒れ込み、失神してしまったのだ。叔父の両親は親類一同の皆に責められ、とても辛そうな表情で叔父を運び出していた。そして私はそれを見て、とうとう我慢堪らず叫んでしまった。
「叔父さんは何も嘘は言ってません」と。
誰もが私を注目した。母までもが、私を奇異な目で見ていた。だが私の言葉はまるで止まらず、そのK鹿邸で起こる数々の怪異について語り始めると、従兄弟の姉が、「私も見えるの」と言う発言を皮切りに、私も、私もと、次々に暴露大会が始まったのだ。
結局、そのK鹿邸の怪異を知らない者は誰もおらず、全員がキヨシ叔父のようになるのを恐れて我慢を決め込んでいただけの話であったのだ。
以降、K鹿邸は閉鎖され、その数年後には取り壊しが決まるのだが、皮肉にもその後のキヨシ叔父は、その世界では相当に高名な霊媒師として聞かれるようになる。そして叔父は相変わらず、私にだけはとても優しく接してくれている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます