#210 『助けての紙飛行機』

 私の住む地域でのみ知られる、小さな怪異がある。時折、道端に紙飛行機が落ちているのだ。

 拾って広げると、そこには拙い子供の筆跡で、“たすけて”と書かれている。最初は子供の悪戯かと思ったのだが、それはほぼ毎日のように街の至る場所で見掛けるようになったので、とうとう自治会が立ち上がり、この紙飛行機の出所を突き止めようと言う話になった。

 だが、それを持ってあちこちに聞いて回る訳にも行かない。もしも該当する家に突き当たり、この事を伝えたならば、逆にその紙飛行機を飛ばしている子の危険が増すだろうと、容易に想像出来るからである。

 探索は困難を極めた。地道に、誰かがそれを飛ばしている場面に出くわす以外に、発見のしようが無いからである。

 だが、一週間目にして出所が分かった。とある青年が自分の部屋で望遠鏡を使い、高い建物の窓を中心に探していた所、その紙飛行機を飛ばす場面を見付けたのだと言う。

 その青年が教えてくれた建物とは、以前は製粉工場だったと言われている廃屋だった。すぐに自治会が招集され、その前に集まった。すると皆が見ている前で、その建物の四階部分から紙飛行機が飛ばされた。完全にそこだと言う確証を得て、そこに侵入する決意を固める。

 私は侵入する側には回らなかったのだが、数人が忍び込み、そこの四階の窓が閉められたのを外から確認した。当然、子供も一緒に外へと出て来るものだと思ったのだが、それらしき姿は見当たらない。中に入った人達に様子を聞けば、誰もが首を傾げながら、「なんかおかしい」と言うのだ。

 廃工場の内部は、ほぼ何も無い状態だったと言う。そして問題の三階部分へと到着するが、やはりそこにも子供どころか人の気配も無かったらしい。

「いや、三階じゃなくて四階だろう」と誰かが言うと、「四階は存在していない」と言う。

 外から見上げれば確かに四階建てではあるが、実際は三階部分がやけに天井が高く、四階相当の大きさになっているだけらしい。

 三階の内部から、高い位置にある窓が開いているのを確認する。なんとなくあの窓は閉めた方がいいと言う事になり、一人の身軽な青年が木箱や廃材を使ってそこまでよじ登り、窓を閉めたのだと言う。

 子供どころか、大人でさえ登るのは困難だったと聞いた。

 だがとりあえず、“たすけて”の紙飛行機は、もう二度と飛ばなくなった。

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