#169 『迎え火』
近所に、“ゲンさん”と呼ばれる人がいる。
白の甚兵衛に、白の帽子。草履を履いた古風な格好の男性だ。頭は完全に禿げ上がり、恰幅の良い体型をしている。
どこで何をしているのかは知らないが、年に一度、夏の暑い盛りに大声であちこちに挨拶をしては家に帰って行く。そんな人だ。
もちろんゲンさんは我が家にも挨拶をして行く。通りすがりに窓から顔を覗かせ、父に向かって「ヨシ坊、大きくなったな」と笑い、祖父に向かって「お元気そうで」と大笑いしながら頭を下げる。とにかく、けたたましい印象のおじさんだった。
ある日、たまたま用事でそのゲンさんの家へとお邪魔した事がある。母が玄関先で用事を伝えている間に、私はとんでもないものを見てしまう。それは開けっぱなしになっている仏間で、あのゲンさんの写真までもが梁の辺りに並べられているのだ。
私は驚いてその写真を指さし、「あれ!」と、母の袖を引っ張ったのだが、そこの家の奥さんが何を言わんとしているのかを察したらしく、「ウチの旦那、いつもうるさいでしょう」と笑うのだ。
ゲンさんは、もう十年も昔に亡くなっていた。但し、盆の迎え火となるといつもああやって近所中に挨拶をしながら家へと帰るらしい。
「でも家に帰ると大人しいもんなのよ。私にはどこにいるんだかまるで分かりゃしないしね」と、奥さんは言う。
ただ、いつぞやの送り火の時、帽子を片手に家を出て行く姿をちらりと見た事があったそうだ。
けたたましい人だが、家ではきっと静かな人だったに違いない。
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