#56~57 『キヨちゃん』
風の噂で、二十代の頃に付き合っていた彼氏が亡くなったと聞いた。
頼りないが、優しい人だったと記憶している。当時の私はまだ子供だったせいで彼とは別れたのだが、もうそれ以上の恋は無いだろうと思えるぐらいには、好きな人だった。
今の私には既に家庭がある。私は夫と娘を送り出した後、窓辺に小さな花を生けた。彼へのせめてもの供養のつもりだった。
それから数日して、私の元に小包が届いた。差出人を見れば、それはまさしく亡くなった彼氏の名前。私は思わず、「キヨちゃん……」と、懐かしい彼の名前を呼んだ。
ここに夫も娘もおらずに良かったと思った。中には彼氏の姉からの手紙と、シルバーの小さなペンダントが入っていた。
どうやら彼氏は重い病気を患って亡くなったらしい。同封したペンダントは、私と付き合っていた当時に、私への誕生日プレゼントで買ったものだったらしい。渡せなかった代わりに、彼が亡くなる直前にそれを実の姉へと預け、私へと送ってくれと頼んだのだもののようだ。
今の私には幼すぎるよと言いながら、そのペンダントを胸に掛けた。怪異はその晩から始まった。
二十代の頃に付き合っていた彼氏が亡くなったと、風の噂で聞いた。その彼から、当時渡されなかった誕生日プレゼントが届いたのだ。
夜、娘の部屋から話し声が聞こえた。ドアに耳を当て聞いてみると、どうやら誰かと会話をしているらしい。
だが、誰と? 夫はリビングでTVを観ているし、それ以外には誰もいない筈。私はそっと部屋のドアを開ければ、娘は私の方を振り向いて、「お母さんだよ」と、誰もいない空間に向かって私を紹介をした。
「誰としゃべってるの?」と私が聞けば、娘は迷いもせずに、「キヨちゃんだよ」と答えた。
慌てて私は「そんな遊びやめなさい」と強く娘を叱った。もちろん私には何も見えない。
翌日、夫と娘が出て行った後、私は窓辺で彼からの手紙とペンダントに度数の強い酒をかけ、火を点けて燃やした。同時に、傍にいるだろう彼に向かい、「私にはもう家族がいるの! もうここには来ないで!」と怒鳴った。
それ以降、娘は「キヨちゃん」の名前を口に出す事はなくなった。
だがある日の晩、夫がインターフォンに向かって何かを話しているのを目撃した。
「誰かお客さん?」私が聞くと「お前の知り合いらしいぞ」と、夫。
「キヨちゃんて言う男性なんだけど」
それを聞いて私は、カッとなりながらキッチンの塩をわしづかみにし、玄関へと向かって行った。
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