第14話

 屋敷に一人残された雅弥まさやは話し相手がいなくなって、ふわぁと欠伸あくびをもらした。

 朝から兵士達と訓練にはげみ、夕方まで王城での任務、そして翌朝まで芽依めいの屋敷の護衛だ。

 朝から夕方まではテヌートが一人で門番をしているため、交代後は1日休みではあるのだが、ほぼ1日起きているというのもなかなか辛い。

 この屋敷の護衛は現在、忠文ただふみ、雅弥、あともう一人の兵士が3交代で回している。

 人選は第二王子とテヌートだ。芽依との相性はもちろん、護衛としての実力も買われていると思えば、まあ、悪い気はしない。

 ……だがしかし、眠いものは眠い。

 雅弥は再び大きな欠伸が出てしまう。

 ーーーー刹那せつな、暗闇から突如とつじょとして現れた人影に、びくっ、と体を震わせる。思わず姿勢をただす雅弥だったが、訪問者の顔を見て、ほっと肩の力を抜いた。


「どうしたんですか?こんな夜更よふけに……」

「……ーーーー」


 訪問者が口を開く。

 すると、急に雅弥の視界が暗転あんてんする。

 彼がその者の答えを聞くことはなかったーーーー。



 * * *



 街中を死神姿で疾風しっぷうごとく駆け抜けるテヌートは、脇目わきめも降らず一直線に芽依の屋敷へと戻っていた。

 人間が歩いて十分程の道のりを、わずか十数秒でたどり着く。

 門の手前に差しかって、ピタッと足を止める。……見知った門番が倒れていたからだ。


「……おい、大丈夫か」


 テヌートは、雅弥の側に片膝を着いて声をかけるも、応答は無い。かろうじて息はしているが、誰かに気絶きぜつさせられているらしく、全く起きる気配はない。

 テヌートは彼を門の壁に寄りかからせ、そのまま屋敷の中へと入る。

 雅弥の体に外傷は無さそうだし、呼吸も正常だった。あのままにしていたほうが安全だろう。

 ーーーーそれよりも。

 屋敷を充満する瘴気しょうきさに顔をしかめる。芽依の結界が守っているのか、外にはあふれ出ていないが、それも時間の問題だろう。

 あせりをにじませた声でチッ、と舌打ちすると、再び足を踏み出す。


 ……近付かないようにしていた。ずっと。

 ひと目見た時から気付いていたから。

 負をまとう自分が側にいると、"彼"の力が共鳴してしまうと思ったから。


『ーーーーお前は、三津流この子に近付いてはだめ』


 ーーーー6年前あの日。三津流みつるを連れてきた芽依の母親に、そうくぎされた。

 彼女もまた、相当な力を持った聖女だったから。

 当然、テヌートの姿もえていた。

 そして、……芽依の父親も。


 あの頃の自分は、生まれ変わった姫の様子を見る為に下界に降りていた。人間達にあやしまれないように姿を消し、死神の姿で屋敷内を外から眺めていた。

 ……警戒されているな、とは感じていた。だが、気配を隠したテヌートの姿を視る事は、祭司さいしである彼にも出来なかったようだ。

 だからあの日。最期さいごになって初めて自分をとらえた男の、あの表情を、俺は今でも忘れないーーーー。




 テヌートの瞳にくらい影が宿やどる。

 三津流の部屋にたどり着くなり、勢いよくふすまを開けた。

 一度目を閉じ、……覚悟を決めたようにゆっくりと、部屋の奥にいる人物を見据みすえる。


「……おい、何してる」


 テヌートの声が、低く、怒気どきはらむ。

 三津流の枕元に膝を着き、彼の額に手を当てていたその人物は、テヌートの声におくすることなく、ゆっくりと立ち上がった。眼鏡の奥の瞳は、はっきりとテヌートの姿を見つめる。


「……また随分ずいぶんと、タイミングの悪い」


 怪訝けげんな顔をする前に、その並外なみはずれた聴覚がパタパタとこちらに向かってくる足音をとらえる。


「ーーーー始めに言っておきますね」


 足音に向けられていた意識が、その言葉で目の前の男へと戻される。


「貴方なら分かると思いますが……人間である私達の行動に、手出しはしないで下さいね」

「…………」


 死をつかさどる死神にとって、人間の死のことわりを曲げる事は禁忌きんきとされている。

 死ぬべき者を生かしたり、生きている者の命を奪ってはいけない。それによって、未来をねじ曲げてしまうからだ。

 テヌートはその禁忌をおかしているーーーー。

 一度目は、二千年もの間、魔王に仕えている恩情として、死神の力を十年奪われるだけで済んだ。

 だが、二度目はそうもいくまい。

 今度こそ魂ごと消されてしまうだろう。

 目の前の男は、彼の言う通り、人間だ。たとえ……同じ気配を纏っていたとしても、人間であることに変わりはない。

 死神や人外のものであれば話は別だが、人間である以上、テヌートは彼等に干渉かんしょうしてはいけない。

 今まで普通に芽依にせっしていられたのは、テヌートが死神としての力をふうじられていたからだ。本来死神は、契約のない人間と言葉をわす事はない。

 まれに、死ぬ間際まぎわに死神の姿が視える人間がいる。それ故に、一方的に話し掛けられることはあるけれども。

 ……パタパタとこちらに向かってくる足音の人物を視認しにんし、テヌートは完全に姿を消す。

 その直前、男に視線を移すも、男はこちらを視ようとはしなかったーーーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る