第13話

 瑠璃るり色の瞳を持つという少女ーーフィリアと出会ってから数日。芽依めいは毎日彼女に会いに行っていた。聖女のつとめであるきよめの時間があるので、そんなに長居は出来なかったが、他愛たあいない会話をするのは楽しかった。彼女の側にいる悪魔ーーケイルも、段々と何も言わずに受け入れるようになっていた。

 そんなある日。いつものように神殿に隣接りんせつした屋敷に泊めてもらった芽依は、日の出より少し前に支度したくを整えて聖堂へと向かった。


「芽依様おはようございます」

「おはようございます」


 聖堂には既に聖女の側付けの巫女がいた。



宝珠ほうじゅの祈りの儀式の準備が整いました。聖女様がお待ちです。こちらへ」

「あ、はい」


 崩壊してしまった宝珠を修復するのは不可能なので、神の御力をお貸しして頂き、新しい宝珠をつくる、という事だったが、実際に神器が創られるところを見るのは初めてだった。

 緊張と期待で胸が高鳴たかなる。

 ある扉の前まで来ると、巫女は立ち止まって、芽依に道を譲った。


「ここから先は聖女様しか入れません。真っ直ぐ前へお進み下さいませ」

「分かりました」


 礼を言い、扉の中へ入る。階段を降り、地下へと進んでいく。階段は整備されているが、なるべく自然の空気を入れる為に他はそのまま。つまり、洞窟どうくつのようなものだ。最下層へと降りると、湿しめった地面を進む。細い道が終わり、広い空間へ出ると、芽依は息をんだ。


「ーーーー……すごい」


 石床の先には一面いちめんの湖。光源もないのに、水面は青く光っている。

 湖の手前に、少女が一人。

 芽依の声に気付いたのか、少女がこちらを振り返った。


「ここは我が国で唯一、神域と呼ばれる場所です。私も、特別な時でなければ立ち入りません」


 芽依は頷き、ゆっくりと少女の元へ進んだ。

 隣に立つと、幼い聖女はれいをとる。


「準備に時間がかかってしまって申し訳ありません。では、始めましょう」

「ーーーーはい。お願い致します」



 * * *


 その日の夕刻。

 儀式は無事に終わり、新たな宝珠をたまわった芽依は、客室に戻ると布に包まれた宝珠を、自国から持ってきた木箱に入れ、部屋の鍵のかかる戸棚とだなにしまう。そこまでやってから、吸い込まれるように床に横たわった。


「…………終わった……」


 神の御力をお借りするのは、想像以上に体力を持ってかれる。ドッと疲れが出てきて、しばらくそこから動けそうになかった。


「明日帰国するの?」

「ん……うん、そう」


 眠気と闘いながら、トキの質問に答える。

 目的は宝珠だったから、役目が終わった今、ここに長居は出来ない。早めに帰国して、今度は豊潤祭ほうじゅんさいの準備をしなくては。

 やることは山程やまほどある。


「……ねぇ、芽依」

「…………え!?は、はい」


 パチッ、と芽依の眠気が吹き飛ぶ。

 トキに名前を呼ばれる事に慣れ無さすぎて、毎回少し緊張する。

 起き上がって、トキの正面に座る。

 トキも、部屋の中に入って芽依と同じく座った。


「なら、あの悪魔も連れて行こう」

「え?悪魔って……ケイルの事?」


 芽依の言葉に、トキは頷く。


「フィリアの言葉が本当なら、あの人とケイルは一緒に居ないほうが良い。じゃないと、たくさんの人が死ぬよ」

「え……それってどういう……」


 トキは少しだけ顔を下に向けた。


「……魔王の分身は、産まれた時から負の感情を押し付けられる。……でも、深い闇と対照的な光の存在にも出会う。その光を目の前で失わせる事で、魔王の力を発動させ、力の増幅ぞうふくと死をもたらす。だから……悪魔といえど、彼女を大切にしている存在を近くに置いておくのは、……僕は、良いことだとは思わない」


 ……トキも、そうだったのだろうか。孤独の中で出会う、大切な存在。それを、失った事があるのだろうか。

 それを聞くことはしなかった。けれどーーーー。


「私はそれでも、ケイルとフィリア様は一緒にいるべきだと思う」

「…………」

「もちろん、トキくんの言ってる事も分かるよ。大切な人が目の前で死んでしまったら、寂しいし、つらい」


 芽依も、目の前で、父親を亡くした事があるから、……分かる。当時の状況は、きりがかかったみたいに、何故なぜか思い出せないけど、でも、目の前で、血だらけで倒れてる父の姿は、今でも頭から離れない。


「でも、2人を引き離しても、それは同じことだよ。大切な人が目の前から消えてしまうのは、ツラい。だからこそ、一緒にいるべきだと、私は思う。……だって、ただ悲しみや孤独に包まれて一生を終えるより、大切な誰かと居られるほうが、きっと幸せだから」


 芽依はトキを真っ直ぐに見る。


「トキくんも。……大切な存在に出会えたからこそ、今のトキくんが、あるんだよ。きっと、その人との光があるから、トキくんは死神しにがみになったんでしょうーー?」


 トキの瞳がかすかに震える。


「だから、2人は絶対、一緒にいるべきだと思う」

「ーーーー……」






 ーーーートキは、昔の情景じょうけいを思い出す。

 産まれてすぐに瞳の色をおそれられ、教会の人々に地下牢へと入れられた。トキを産んだ両親は殺され、食事を1日に一度、運んでくる叔父おじとだけ、会う事が許されていた。

 トキに食事は必要ないのに、律儀りちぎに1日1回は必ず地下へやってくる叔父。そこで少しだけ会話をして、食べ終わったぼんを持って帰っていく。トキから会話をすることは少なかったけれど。彼はトキが食事を終えるのを、ただ黙って見ていた。

 ……そして、トキが十をかぞえた、ある日。声が、聴こえるようになって。

 恐ろしくて、助けて欲しくて、叔父に話を聞いてもらいたかった。けれど……。

 彼はボロボロの姿で地下牢にやってきた。

 地下牢に通っていることが、教会の人々に知られてしまったらしい。

 彼は、教会に黙ってトキに会いに来ていたのだ。なぜ、そんな事を、と、聞きたかったけれど……ーーーー彼の笑顔を見たら、何も言えなくなって……。


 牢屋ろうやの扉をこじ開けて外に出る。トキの手を取って前を走る彼の、背中をずっと見ていた。

 階段を上がるとすぐに見つかり、囲まれた。怒りと恐怖に満ちた人々は、叔父の話など耳もくれず、矢を放つ。

 ーーーーバッ、と抱き締められ、叔父の背に矢や剣が次々と刺さる。


 ーーーーいや、だ。


 トキは初めていだく感情に戸惑とまどっていた。叔父は、口から血を吐きながら、トキを抱き締め続ける。


『……トキ、ごめんな。ずっと、寂しい思いばかりさせて、遠くでお前を見ていることしか出来なくて……こうして、お前を抱き締めてやることも、してやれなかった……本当に、ごめんな』

『……おじ、さん』


 ーーーーいやだ。


 トキの声の震えが伝わったのか、叔父はトキを見つめる。そして、同じくらい震えた声を出しながら、暖かい笑みを浮かべた。


『ーーーー……大きくなったなぁ、トキ』


 ーーーー死なないで。


 パタ……ン、と、叔父の体が倒れる。それを見て、トキは感情と共に、力が爆発した。


 ーーーーいやだ!


 そして、その暴走した力は教会の人々を皆殺しにし、その後、トキも息絶いきたえたーーーー。








 あの時の、叔父の存在も、きっと魔王が仕組しくんだものだ。負の力の増幅には同じくらいの光を持つ必要がある。嬉しさや寂しさ、ツラさ。それらの感情すら全て、魔王に支配されている。

 それが魔王の導きで、全ては魔王のてのひらの上。

 だから一概いちがいに、芽依の言う事を聞く訳にはいかないけれど……。

 でも、トキが死神になった事はきっと、魔王も予想していなかったはずだ。

 それは、テヌートの存在があったからで……。

 魔王の導きを上回るほどの光を、彼女にもたらせられれば、もしかしたら……ーーーー。



「……分かった。でも、どちらにせよ、もうすぐフィリアは死ぬ。その前に、芽依が想う事をやって、帰ろう」

「ーーーー……うん。ありがとう、トキくん」


 彼女の笑顔に、トキも表情も少しだけ、やわらかくなった気がしたーーーー。

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