魔王と刺し違えたオッサン魔術師、最強の幽霊となって幼女エルフと旅をする

川上 とむ

第1話『オッサン、爆死する』


 俺はアルバート。いわゆる魔術師ってやつをやってる。


「ぐうっ……こしゃくな!」


 ちなみに現在、俺は勇者パーティーに所属していて、今はまさに魔王とのラストバトルの真っ最中だったりする。


「聖なる剣よ! 闇を打ち払え!」


 魔王が身にまとっていた闇の結界が、勇者の渾身の一撃によって打ち砕かれる。これで奴を守るものはない。


「今だ! アルバート! 絶対自爆魔法オーバーロードを!」

「よっしゃ、任せときな!」


 その場の空気に流されて魔法陣を展開しかけるも、俺はギリギリのところで思いとどまる。


「……ちょっと待て。それ、使ったら俺が死ぬやつじゃねぇか!?」

「こんなことを頼めるのは君しかいないんだ! 世界のために! 頼む!」


 勇者は熱く語るが、俺は努めて冷静に、自分たちの置かれた状況を整理する。

 元騎士団長のじーさんは魔王の一撃から勇者をかばって、すでに瀕死。

 僧侶は攻撃手段を持ってねぇし、勇者本人も今の一撃で力を出し尽くしちまってる。

 今現在、魔王を攻撃できるやつは俺しかいねぇが……。


「……なあ、別に自爆魔法じゃなくてもいいんじゃないか?」

「アルバート、すまない……」

「あなたの犠牲、忘れませぬぞ」

「つべこべ言わず、さっさと撃つのじゃ」

「……お前ら、俺が自爆する前提のセリフやめろ!」


 救いを求めるように視線を向けるも、仲間たちの反応は冷たかった。

 くそっ……この年まで独り身のオッサン魔術師は、どうなろうと知ったこっちゃないってか!?

 確かに俺はパーティーの中では浮いた存在だったし、正直、勇者には嫌われている自信がある。陰で色々と言われているのも知っているしな。


「早くしなければ、また闇の結界が復活する! そうなると、もう打つ手はない!」


 そんな俺の心境を知るよしもなく、勇者は必死の形相で言う。いや、俺だって死にたくない。

 さすがに尻込みをしていると、俺を淡い光が包み込んだ。


「アルよ、安心せい。お主にはエルフの秘術をかけた」


 そう言うのは僧侶のマチルダだった。どう見てもただの金髪幼女だが、実は数百年を生きるエルフ族で、僧侶魔法の使い手だ。


「エルフの秘術だと?」

「うむ。一度死んでも復活する、究極の蘇生魔法じゃ」


 そういえば魔王城突入の直前、古代エルフの塔で魔導書を手に入れていたが、この魔法がそうなのか。


「……だから、安心して死ね」

「結局そうなるのかよ!」


 年齢不相応の笑顔で言われた直後、俺の中で何かが弾けた。

 半ばヤケクソになりつつ防御用の魔法障壁を展開し、自爆魔法の呪文詠唱をしながら魔王へと突っ込んでいく。


「まさか、この我が人間ごときに――」


 お決まりのセリフが聞こえた気がしたが、それを最後まで聞くことなく、俺の意識は爆音とともにかき消えた。


 ◇


「……おい、そろそろ起きぬか」


 やがて意識が戻ると、金髪の幼女エルフが俺を見下ろしていた。どうやら、蘇生魔法はちゃんと機能したらしい。


「めちゃくちゃ痛かったぞ……もう二度とやらねぇ」


 そう言って体を起こすも、マチルダは浮かない顔をしていた。


「どうした?」

「……すまぬ。どうやら蘇生に失敗したようじゃ」

「なんだと?」


 嫌な予感がし、反射的に自分の体に目をやる。腕も足も、全てが半透明になっていた。

 加えて、妙な浮遊感まである。


「おい、なんだこれ」

「あの蘇生魔法、肉体が残っておること前提だったようじゃ」

絶対自爆魔法オーバーロードだからな。体は粉々だぞ」

「わしもぶっつけ本番で使ったからのう。勝手がわからぬのも無理はなかろうて。いやー、すまん」


 頭を掻きながら、てへへと笑う。可愛げはあるが、そこに申し訳なさは微塵もなかった。


「じゃああれか。今の俺は幽霊のようなもんなのか」

「そうなるの。よく言えば不老不死じゃ」


 マチルダは持っていた杖で俺を何度も殴る。その杖先は俺の体を貫通していた。


「……悪く言うと?」

「強力すぎる蘇生魔法で、地上に縛り付けられておる。僧侶のわしの力でも、成仏させることはできん」


 はっはっは、と腰に手を当てて豪快に笑う。笑い事じゃねぇぞ。


「ちなみにその状態まで復活させるのに、200年くらいかかってしまった」

「は? 200年だと?」


 続いてマチルダの口から出た言葉に、俺は言葉を失う。

 言われてみれば、ラストバトルの直後にしてはマチルダの身なりが妙に整っている。

 さらに言うなら、俺は魔王城の中で死んだはずだ。

 それが、今は何もない荒野の真ん中に寝そべっていた。いくら自爆魔法でも、魔王城を跡形もなく消し飛ばすほどの威力はない。


「じゃあ、勇者や元騎士団長のじーさんは……?」

「ずいぶん前に揃って墓の中じゃ。人間の一生は短いからの」


 あっけらかんと言う。こいつはエルフ族だから、まったく見た目が変わっていないわけか。

 不死者として蘇っただけでなく、200年後の世界に放り出されてしまうとは。これは参った。


「何故ため息をついておる。せっかく蘇ったのじゃし、ここは永遠に近い命を楽しんでみてはどうじゃ?」

「俺みたいな年になると、悲観的になりやすくてな……幽霊ってことは、俺の姿は僧侶のお前にしか見えていないんだろ?」

「特殊な状況じゃからの。他の者にも見えておると思うぞ。おそらく、半透明じゃが」

「完全に見えないよりはマシだが、それはそれで不便だな」

「そうじゃのー、完全に人の目に映るようにする方法もなくはない」


 近くにあった岩の上に座りながら、マチルダが言う。


「その方法ってのは?」

「物質化の魔法があったじゃろ。あれを自分にかければいいのじゃ」

「……マテリアライズ!」


 言われるがまま、自身に魔法を発動させてみると、これまであった透明感や浮遊感が消えた。

 しっかりと地面に足がついている気がするし、人間だった頃の感覚に近い。


「どうやら成功したようじゃの。物質化の魔法は、ゴーストやスピリットといった実体を持たぬ魔物を武器で攻撃するために編み出された魔法じゃし、今のお主にも効果があるようじゃ」


 彼女は笑いながら、再び杖で俺を殴ってくる。そのたびに、俺の頭にけっこうな衝撃が走った。


「その魔法を使えば、お主はいつでも人間モードと幽霊モードを切り替えることができるのじゃ。これは楽しいじゃろ?」


 言われて、俺は物質化の魔法を解いてみる。

 マチルダの杖は再び俺の体を貫通しはじめ、謎の浮遊感も復活した。


「切り替えられるのなら、確かに色々と便利そうではあるな」


 幽霊モードについては後で詳しく調べる必要がありそうだが、魔術師として培った魔力は健在のようだ。魔法が使えるのなら、不自由はなさそうだ。


「そうなると……これからどうするかだな。200年も経ってちゃ、知人は誰も生きちゃいないだろうし、世界の状況もだいぶ変わってそうだ」

「そこで提案なのじゃが、アルよ、わしと一緒に旅をせぬか?」


 おもむろに立ち上がって、どこまでも続く荒野を見ていると、マチルダがそう口にした。


「お前と?」

「そうじゃ。わしは今、ある目的のために世界を旅しておる。お主の魔術師としての腕前は変わっておらぬようじゃし、わしのボディーガードを買って出てくれぬか?」

「ボディーガードときたか。これまた持ち上げてくれるな」

「うむ。旅先では危険も多いでの。わしは僧侶魔法しか使えぬから、守り一辺倒なのじゃ。旅路をともにしてくれれば、今の世界について色々と教えてやるぞ」


 若干前のめりになりながら、マチルダは言う。

 正直、俺は人と関わるのが苦手だが、こいつのいうことも一理ある。

 短い期間とはいえ、勇者パーティーの一員としてともに旅をした間柄だし、見ず知らずの他人とパーティーを組むよりマシだ。

 ある目的……とやらが気になるが、一緒に行動するメリットのほうが大きいだろう。


「わかった。俺でよければ、終わりのない旅の伴侶になってくれると嬉しい」

「交渉成立じゃの。こちらこそ、よろしく頼むぞ」


 岩の上に立ったマチルダと握手を交わす。それでも、かなりの身長差があった。


「それにしても……伴侶ときたか。まるで夫婦じゃの」

「待て。お前、何を勘違いしてるんだ? 俺はあくまで、旅の伴侶として……」

「照れるでない。照れるでない。長命のエルフ族と、不死に近い幽霊もどき、長い時を生きる者同士、末永く仲良くしようではないか」


 握手を終えたマチルダは意味深な笑みを浮かべたまま、ぴょん、と岩の上から飛び降りる。


「こういう時、なんと答えればいいのじゃ? ふつつかものじゃが、よろしくとでも言えばいいのか?」


 小さい体を左右に揺らしながら、マチルダはますます意味不明なことを口走る。

 その頬が心なしか赤い気がしたが、俺の気のせいだと思いたい。


 ――かくして、オッサン幽霊となった俺と幼女エルフの、終わりのない旅が始まった。

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