レッテル

@little_p

仮面

真白な仮面が、ゆっくりとこちらに向かう。

仮面はのっぺらぼうであり、鼻のあるべきところにわずかなふくらみがあり、口のあるべきところにわずかなへこみがあるのみである。


私は、仮面に向き、

「お前は誰だ?」

と問いかける。


途端に、真白な仮面の表面に色が塗られていく。

5センチばかりの幅の、刷毛で描いたような赤い線が、真白な仮面の表面を赤く塗りたくっていく。

私が呆気にとられているうちに、みるみる、仮面は赤く染め上げられていく。


1~2分も経っただろうか。

すっかり真赤になった仮面は、どこから鳴るのかわからないような深い重い声で、

「私は、誰」

と、発した。


仮面は赤く塗られ、口も、鼻もない。

それでも私は、仮面のことを、ひどく憎く感じた。


私は、仮面に手を伸ばし、右手で仮面の左頬を打った。

仮面は簡単に割れるような素材ではないのか、平然と赤いまま、私に向かっていた。


私の中に、熱狂が沸き立つのを感じた。

此奴は赤いのだ。

ただ、赤いのだ。

それだけで、私の心は燃え立ち、憤りが吹き上がるのだ。

万死に値する不倶戴天の仇、この赤い、憎き仮面は言葉を尽くしても述べることができない敵なのだ。


私の心は今や怒りの炎に包まれていた。

私は手を伸ばし、更に1回、2回と仮面を打った。

しかし、仮面は平然としている。

私は怒りに震え、熱狂のままに仮面を打ち続けた。

これは赤。

これは赤。

これは敵。

これは赤。

これは仇。

これは冒涜者。

これは背教者。

これは戦犯。

これは赤・・・・・・


1~2分も経っただろうか。

私はふと、仮面を打つ手を止めた。

それだけで、私の中の熱狂が静まっていくのを感じた。

沸騰していた薬缶の湯が、焜炉から下ろした途端に蒸気を吐かなくなるように、手を止めた私の熱狂は一瞬で冷めていった。


私は仮面を見た。

そして、はっと気づいた。

仮面は白かった。

仮面は、その表面に、静かに白を湛えていた。


私の心は突然泡立ち始めた。

表面にざらざらと細波が立ち、喉の奥に耐え難い不快感が詰め込まれた。

私は嘔吐感に襲われ、右手で口を抑えた。


そして、はっと気づいた。

私の右手は赤かった。

私の右手は、先ほどの仮面と同じ、真赤に塗りたくられていた。


「なんだ、なんなんだこの色は、私の色ではない、私は赤くない・・・・・・」

私は呻くように声を絞り出した。

喉の奥が縛られたように詰まり、息ができなくなっている。

私の手は既に真赤になっていた。


そして、

私は、私を見る私に気が付いた。

私が、私の前に立ち、私を見ている。

私は、私に向き、口を開いた。


「お前は誰だ?」

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