第5話(1)早い者勝ち

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「はあ……」

 美蘭が生徒会室のドアをノックする。

「……はい」

 正高の声がする。

「……亜久野、参りました」

「どうぞ、お入りください」

「失礼します」

 美蘭が中に入る。

「素直に来たな……」

 生徒会室に入ってきた美蘭を見て、強平が笑みを浮かべる。

「素直で悪いの?」

 美蘭が首を傾げる。

「いいや、何も悪いことはねえけどよ……」

 強平が手を左右に軽く振る。

「……それでどうでしょうか?」

「え?」

 正高の方に美蘭が視線を向ける。

「……生徒会に正式に加入するかどうか……判断の方は?」

「ああ……」

「そろそろお決め頂きたいところなのですが」

 正高が眼鏡をクイっと上げる。

「……保留で」

「! ふむ……」

 美蘭の言葉に正高がやや困惑の表情を浮かべる。

「なにか問題が?」

「いや、書類手続きというものがありましてね……」

 正高が自らのデスクから何枚かの書類を取り上げて美蘭に見せる。

「……締め切りでもあるの?」

「出来れば早い方が望ましいと」

「そんなものは待たせておけば良いでしょう」

「そうは言いましてもですね……」

「いや~いいよ! いい! とってもいい!」

「!」

 いきなり背後から声がしたので、美蘭は思わずビクッとなる。視線を向けると速人がデスクの席に座っていた。速人は美蘭をビシっと指差す。

「その感じ……とってもいい!」

「その感じ?」

 美蘭が首を捻る。

「そう、その焦らしに焦らす感じ……とってもいい♪」

「……は?」

「あらためて自己紹介をさせてもらおうかな、自分は生徒会庶務の文緑速人! 今後ともどうぞよろしく!」

「あ、ああ、よ、よろしく……」

「というわけで……!」

「! は、速い!」

 速人はあっという間に美蘭との距離を詰める。困惑する美蘭に速人はウインクする。

「生徒会全体も良いが、まずは自分個人を思いっきり焦らしてもらえないかな?」

「! ま、また、そういうこと⁉」

 速人の言葉に美蘭は面食らう。

「頼むよ!」

「た、頼まれても……!」

「この通りだ!」

 速人が土下座をして頭をぶんぶんと下げる。

「こ、この通りだって言われても……!」

「『最速』の自分にしか出来ないぜ? この『高速土下座』は……!」

「な、なにを誇っているのよ⁉」

 美蘭が呆れ気味に声を上げる。

「まったくその通りですね……文緑くん、生徒会としてのプライドはないのですか?」

 正高が自らの側頭部を抑えながら告げる。

「……いや、あなたたちからもそれぞれ土下座されたような……」

 美蘭が生徒会室を見回す。

「……」

「………」

「…………」

「……それはともかく」

「あ、誤魔化した……」

「文緑くん、抜け駆けというのはあまり感心しませんね……」

「ええ? こういうのは、早い者勝ちって相場が決まっているだろう?」

「何の相場ですか?」

「なあ、会計?」

 速人は雄大に声をかける。

「あ、ま、まあ、会計という立場から言わせてもらえれば……そういうことになると言っても良いんじゃないかな?」

「ほら? 会計のお墨付きだよ?」

 雄大の言葉に速人が胸を張る。

「なにがお墨付きだ。くだらねえ……!」

「む……」

 強平の声に速人が顔をしかめる。

「雄大、もっとドンと構えていろよ、速人のスピードに惑わされんな」

「あ、ああ……す、すまない」

 雄大が自らの後頭部を抑える。

「……早い者勝ちは認められないってことかい?」

 速人が両手を大げさに広げてみせる。強平が頷く。

「そういうこった」

「……では、どうするのさ?」

「役職順だ。会長の俺が優先される」

「ナンセンスだね~」

 速人が苦笑する。

「センスの問題じゃねえ、組織というものを今後も円滑に維持していく為には、こういうケジメみたいな部分はしっかりしていかないとならねえ」

「……珍しく同意です」

「ほう……」

 正高からの思わぬ同意に強平が驚く。

「ならば、亜久野さんにお相手していただくのは私からですね」

「! な、なんでそうなるんだよ!」

「実質的なナンバーワンは私ですから……」

「な、なにを……⁉」

「そ、それなら、会計を任されているオイラの方が……」

 雄大が手を挙げる。強平が声を上げる。

「雄大、お前、ほとんど眼鏡に任せているじゃねえか!」

「……その言葉、そっくりそのまま返すよ……」

「ぐっ⁉」

「そういう理論なら、やっぱり自分だ。庶務が一番一般生徒に近いからね~」

 速人が長い手を挙げる。美蘭が呆れた視線を四人の男たちに向ける。

「……またこの流れ? 帰ってもいいかしら……ん?」

「お、遅くなりました……」

 生徒会室のドアが静かに開く。

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