第4話(1)ドンブリ勘定

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「ふう……」


 美蘭が生徒会室のドアをノックする。


「……はい」


 正高の声がする。


「……亜久野、参りました」


「どうぞ」


「失礼します」


 美蘭が中に入る。


「来たな……」


 生徒会室に入ってきた美蘭を見て、強平が笑みを浮かべる。


「いや、それは校内放送で呼び出されたならね……」


 美蘭が肩をすくめる。


「お前がRANEのIDを教えねえからだろうが」


「そうですね、教えて下されば、わざわざ校内放送を使うまでもないのですが」


 強平の言葉に正高が頷く。


「……スマホを持っていないのよ」


 美蘭がわざとらしく両手を広げる。


「嘘つけ、今時そんな女子高生がいるかよ」


 強平が苦笑する。


「……厳しいご家庭なのですか?」


 正高が尋ねる。


「……宗教上の理由で持つことが禁じられているの」


「ど、どんな宗教だよ……」


 強平が戸惑う。


「……」


 美蘭が強平のことを黙って見つめる。


「そ、そこで黙るな、マジっぽくなるだろうが……」


「………」


「お、おい……」


 美蘭は沈黙を継続する。自分は悪の組織からスパイとして潜入してきている身だ。幸運にも調査対象であるベストセイバーズの三人と接触することが出来た。だからといって、ここで連絡先を安易に交換するのはリスクがある。もちろん、ダミー用の――一般的女子高生、亜久野美蘭としての――スマホは一応所持してはいるが、どんなところから足が付くのか分かったものではない。美蘭は内心で頷いてから口を開く。


「……くだらないナンパの類なら帰ってもいいかしら?」


「いやいや、帰るなって。そもそもナンパじゃねえし」


 強平が右手を左右に振る。


「RANEのIDを聞くのがナンパじゃないなら、一体なんだというの?」


「生徒会のグループRANEに入っていた方が何かと楽だろうが」


「正式に加入したわけじゃないわ」


 美蘭が首を左右に振る。


「ああん?」


 強平が首を傾げる。


「活動を少し手伝ってから判断すると言ったでしょう?」


「そうだったか?」


「そうよ」


「むう……」


 強平が腕を組む。


「まあ、それはいいでしょう……」


 正高が眼鏡の縁を抑えながら呟く。


「いいのかよ」


「……一応会長は少し黙っていて下さい」


「一応じゃねえよ、正式な会長だ」


「とにかく……」


 強平の言葉を無視し、正高が美蘭に視線を向けてくる。


「?」


「呼び出しに応じて下さったということは、また手伝ってくださるのですね?」


「……まあ、そのつもりだけど」


 美蘭が頷く。繰り返しになるが、ここには自分たちの天敵であるベストセイバーズのメンバーが三人も集まっているのだ。それなりのリスクは伴うが、色々と情報を調べるまたとないチャンスである。これを利用しない手はないというものだ。


「それはなによりです……」


 正高が微笑を浮かべる。


「で? 今日は何を手伝えば良いのかしら?」


 美蘭が尋ねる。


「そうですね……」


 正高が説明をしようとする。


「……ちょっと待ってくれ」


 それまで黙っていた雄大が口を開く。


「なんですか? ドンブリ勘定の会計さん?」


 正高が視線を向ける。


「だ、誰がドンブリ勘定だよ! ちゃんとそろばんで計算しているって!」


 雄大が困惑気味に応える。


「そ、そろばん?」


 美蘭が首を捻る。


「ああ、会計だからね」


「会計とは言っても……」


「でっかい体を縮こまらせてそろばん弾いているよな……」


 強平がふっと笑う。


「でっかいそろばんがないからしょうがないだろう?」


 雄大がややムッとする。


「特注でもすりゃあ良いだろう」


「それこそお金がかかるだろう」


「冗談で言ったんだよ、あんまり真に受けんな」


「……貴方のデスク上にも一応パソコンというものがあるのですから、それを活用したらいかがですか?」


「いいや、そろばんの方がオイラの性に合うんだよ」


 正高の言葉に雄大が首を振る。


「データを提出するのは結局私なのですが……」


 正高が呆れ気味に呟く。


「その辺は申し訳ないと思っているよ、ごめん!」


 雄大が正直に謝る。


「はあ……」


 正高がため息をつく。


「まあそれはいい、ちょっと待てってなんだよ」


 強平が雄大に尋ねる。


「ああ……えっと……亜久野……君」


「別に呼び捨てでも良いけれど」


 美蘭が髪の毛先をくるくるとさせながら答える。


「い、いいや、それはやっぱり失礼だからさ……」


「…………」


「……お願いがあるんだ」


「……お願い?」


 美蘭が怪訝そうに問う。


「ああ、オイラのことを罵倒してくれないか?」


「ま、またそれなの⁉」


 雄大の申し出に美蘭が面食らう。

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