【Proceedings.42】騙される竜と幻惑する塩引く鼠.07
「晶の幻術とも言える能力、神刀、幻影観力の力は、使い手の分身を創り出す能力なんだけどね。晶はそれを極め、分身が本体であり、本体が分身である。その極地までたどり着いているんだよ」
未来望は得意げにそう言った。
「え? 分身が本体であり、本体が分身? す、凄い! そ、そんなの倒しようがないじゃないですか!」
と、猫屋茜は興奮し驚きの声を上げる。
確かにそれなら、天辰葵が攻撃を受けたのも納得がいく。
「まあ、弱点もあるけど、それをここで解説してしまうのはフェアじゃないからね」
未来望は更にそう付け足した。
それに対し、丁子晶は円形闘技場のステージの上から、睨むように未来望を見上げる。
「チッ、望君の奴、力を貸さないだけではなくペラペラと人のことしゃべりやがって……」
普段隠している、その本性を隠しもせずに、丁子晶はつばでも吐き捨てるかのように言った。
「それが晶の本当の顔?」
その顔を見て天辰葵は微笑みながらそう言った。
そう言う顔も悪くないよ、と言っているかのように。
「これが!? 違うよ。本当の顔はまた別だよ」
その問いに丁子晶は、へらへらと嘲笑いながら答える。
そして、それはまた事実だ。
「そう、でも大体もうわかった」
ただ天辰葵は、微笑むのを止めつまらなそうにそう言った。
「それで? と言いたいけど、本当にもう何らかの対策を思いついているんでしょうね、葵ちゃんは、おお、怖い怖い! でも、こちらもまだ奥の手を残してるんですよ!」
丁子晶は張り付いたような作り笑顔でそう言って、天辰葵を煽る。
「へぇ、じゃあ、更に気を付けないとね」
天辰葵はそう言って、刀を強く握るだけでなくちゃんと構える。
天辰葵も丁子晶の実力を認めざる得ない。
「そうそう、よく見ててくださいよ、葵ちゃんなら絶対に驚くはずですから! その笑顔を絶望に変えてあげるよ!」
だが、それこそが狙いとばかりに、丁子晶は残忍な笑みを浮かべる。
「まあ、葵様なら確かに驚くでしょうね」
と、申渡月子が訳知り顔で頷く。
「月子まで!?」
申渡月子が反応したことに天辰葵が驚く。
「はい! それはその時のお楽しみということで、続きをしましょうか」
このまま間抜けな会話で奥の手をばらされても困るとばかりに丁子晶は空いている左手を天辰葵に向け、かかってこいと煽るような仕草をする。
「いいの? それ、私にはもう通じないよ」
ただ天辰葵は再び笑みを浮かべてそう言った。
「はい! だとしても、五十万円以上財布に入っている有名百銭! そう簡単に折れると思わないことですね」
丁子晶も再び仮面をかぶったような元気のよい返事と笑顔をして答える。
「また随分とお金を稼いだようで。まっ、行くよ」
天辰葵は再び恐れもせずに踏み込む。神速のごとき速さで。
それでまず丁子晶の持つ様に見える有名百銭を一閃する。
予想通り手ごたえはない。
別の方向から、目には見えない有名百銭の一撃が来るがそれを天辰葵は月下万象で防ぐ。
が、それもやはり手ごたえはない。
すぐに、別の方向から迫りくる丁子晶の持つ有名百銭へと斬りかかる。
これも手ごたえはない。
そのまま、勢いに任せて最初の有名百銭に刃を向ける。
ガキンッ!
と、今度は確かな手ごたえがある。
が、流石に折るまでには至らない。
「クッ、本当にもう攻略済みってことか! どうやって!」
丁子晶は流石に驚く。
こうもあっさりと自分が築き上げてきた技を攻略されるとは思っていなかった。
もうしばらくは天辰葵を翻弄できると考えていたが、甘かったようだ。
いや、丁子晶は天辰葵のことは十分に観察していたはずだ。
これも予想のうちの一つだ。
だが、それでもここまで簡単に攻略されるとは丁子晶も認めたくはなかっただけだ。
「勘だよ!」
その言葉で、丁子晶は気づく。
「勘!? 修君の異常なまでの勘の鋭さも……」
目に見えないほどの超高速の斬撃を勘のみで完全に捌き切る丑久保修並みの勘であるならば、それも可能だろう。
なぜそれほどの勘を天辰葵が扱えるのか、それは丁子晶には気づけない。
気づけるとしたら、それは戌亥道明くらいのものだろう。
「まあ、そういうことだね」
「何て奴……」
流石に勘で自分の技を破られるとは考えてなかった。
だが、丁子晶もまだ終わったわけではない。
秘策が、奥の手が、丁子晶にはまだあるのだから。
「さあ、鍔迫り合いをしているこの状態からでも晶の幻術は効果を発揮でるのかな?」
天辰葵はそう言って、それができないと分かっているかのように丁子晶を挑発する。
そして、それは確かにそうだ。
触れられている状態からの分身と本体との切り替えは丁子晶でも不可能だ。
丁子晶に、そこまで神刀の力を引き出せるわけではない。
「くっ! 事前に与えられた攻撃には二回、ここまでか」
だが、丁子晶の策の事前準備は既にある意味完成している。
丁子晶としてはもう数撃、攻撃を当ててからの方が望ましかったが、背中に大きな一撃を入れられたのは大きい。
あの一撃で丁子晶の策は既になっている。
「ふふ、誇っていいよ」
と、天辰葵は自分に攻撃を当てれたことを誇れと言って、笑みを浮かべる。
丁子晶に、その余裕が、笑みが、美しさが、華麗さが、優雅さが、その全てが嫉妬させた。
そして、その嫉妬の炎を天辰葵へと向ける。
「では、これが奥の手だよ。ほら、葵ちゃん。見てみなよ」
そう言って丁子晶は空いている手で自分のスカートをたくし上げた。
「なっ、なにを、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉ!?」
天辰葵が奇声を上げる。
丁子晶がたくし上げたスカートの中には、トランクスがあった。
それはまぐれもなく男性用下着である。
詳しくはなにがとは言わないが、ちゃんとそれらしく膨らみもちゃんとある。
「実は男なんだ!」
丁子晶は天辰葵に向かい、自信満々にそう告白した。
その瞬間、天辰葵は逃げるように神速を使い丁子晶から距離を取る。
だが、距離を取った天辰葵の呼吸が荒い。
有名百銭で攻撃された左手が、背中が、その痛みが天辰葵を苦しめる。
痛みで天辰葵が片膝をつく。
それを見た丁子晶は勝ち誇る。
やはり自分の予想通りであったと。
「やっぱりね。葵ちゃん。君が異常にタフなのは女性からの攻撃のみ。男からの攻撃には逆に弱い! そうでしょう!」
葵を指さし、丁子晶は決め顔でそう言った。
「くっ……」
図星だったのか、天辰葵は更に苦しそうな表情を浮かべる。
そして、小さな声で、
「左手と背中、物凄く痛い……」
と、泣きごとのように天辰葵がぼやく。
「そんな馬鹿なことが…… って、葵様? それ本当なんですか?」
申渡月子は信じられないと言った顔で天辰葵に声をかけるが、天辰葵からの返答は返ってこない。
まるで痛みを必死で耐えているかのようで、そして、それが真実だと告げているかのようだ。
「男と明かす前に、もう少し攻撃を加えたかったけども。これだけでも十分だったみたいだね」
その様子を見た丁子晶は勝ちを確信する。
ここまで効果があるとは丁子晶も思っていなかった。
丁子晶にとっては嬉しい誤算と言う奴だ。
「男!? 晶が男…… 男だと!? あ、あんなにかわいいのに男!? あのメイド姿をしているのが男が!?」
天辰葵は信じられないとばかりに、うわ言のようにそんなことを言っていて、既に丁子晶の言葉も耳に入っていない。
痛みもさることながら精神的ショックも大きいようだ。
「葵様…… えーと…… 本気なんですか、そうですよね。あなたはそういう人でしたよね……」
本当に何とも言えない顔で申渡月子はそう言って、深いため息を吐きだす。
「いたっ、左手が、背中が…… ものすごく痛い……」
月子の言葉に反応するように天辰葵が立ち上がろうとするが、そう言って再び跪く。
五十万以上もの金額で強化された有名百銭の攻撃は相当なものであることは事実だ。
そもそも、その攻撃を受けて普通に立っている方がおかしい。
「やっぱり葵ちゃんは好みの相手の攻撃だからこそ、耐えて見せれていたってわけだね」
丁子晶はそう言って、痛みに耐える天辰葵を見て、嬉しそうに嫌な笑みを浮かべる。
「だ、だましたぁ! あんなかわいいメイド服姿で私を謀ったな!」
と、逆に天辰葵はそう言って跪きながらも丁子晶を睨みつける。
「願いはね、アイドルになることなんだよ。ああ、えっと、女性のね。だから絶対少女にならないといけないんだよ」
そんな天辰葵を見て気分が良くなったのか、丁子晶は自分の願いを天辰葵に告げた。
それを告げる丁子晶の顔は本当に清々しい顔をしている。
「絶対少女になったときの願いで、本物の少女になるってことか!」
「はい! そうですよ! じゃあ、葵ちゃん。もうやられちゃってくださいよ! キミ、目障りなんで」
張り付いた笑顔の仮面を再び丁子晶は被り、元気にそう言って有名百銭を構える。
「葵様!」
と、その時、申渡月子が天辰葵に呼びかける。
「月子!」
痛みに耐えながらも、天辰葵は月子の呼びかけに答える。
「このデュエルに勝ったら一緒にバイトをしましょう」
申渡月子は天辰葵に笑いかけ、にこやかにそう言った。
「月子!?」
天辰葵は立ち上がった。
それだけで、天辰葵は立ち上がれるのだ。
「なっ!」
丁子晶は驚愕する。
先ほどまで痛みに耐えて立てずにいた天辰葵が、まるで何事もなかったかのように立ち上がったのだから。
「月子のメイド服姿ぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁあぁぁぁ!!」
天辰葵は咆哮を、野獣のような咆哮を上げ唸る。
「無理やりトリップしやがって! 今更だ! 既に与えた痛みはそう簡単には!」
丁子晶も天辰葵の攻撃に備えるが無駄だ。
天辰葵は男には容赦しない。
天辰葵は、約束された勝利のメイド服により痛みを抑え、更に限界を超えて加速する。
その一撃が丁子晶の持つ有名百銭を捉える。
が、その一撃すら手ごたえがない。
だが、丁子晶は焦る。
カウンターを狙おうにも天辰葵が早すぎるて、カウンターでの攻撃を当てることすら不可能だ。
天辰葵の攻撃自体は幻惑で回避できるものの、絶えず神速で動き回る天辰葵を捉えることができない。
そもそも丁子晶も最初から天辰葵の攻撃を見切れていたわけではない。
ある程度、天辰葵を観察しそれを分析した上で予測してカウンター攻撃を決め打ちしていたのだが、想像を絶するほどの神速で動き回られたらそれも意味がない。
それどころか、幻惑の能力を一瞬でも切らしたら、それこそ粉微塵に切り裂かれる、そんな勢いで天辰葵は攻撃を仕掛けてきている。
だが、丁子晶の幻惑の力とて限界がある。
幻体になっている間は、実体がないゆえに呼吸ができない。
丁子晶は呼吸が出来ずに苦しくなっていく。
それに対して天辰葵は限界などないかのように神速で縦横無尽に円形闘技場を神速で駆け回る。
有名百銭の実体で、攻撃を一度受けることを覚悟して、実体化し丁子晶は備える。
ガキンッという音と共に凄まじい衝撃を丁子晶は何とか受け止める。
だが、五十万円以上の金額で強化された有名百銭は、その衝撃すらびくともしない。
有名百銭に衝撃を与えたのは、もちろん天辰葵の操る月下万象であることは言うまでもない。
そして、再びつばぜり合いの形に持ち込まれる。
天辰葵は月下万象を力の限り、有名百銭に押しつけ逃がさない。
「ば、化け物め!」
丁子晶の口から、自然とそんな言葉が吐き出される。
「実体化したね」
天辰葵はそう言って余裕でもあるかのように笑った。
ここまで強化された有名百銭攻撃を二度受け、あれだけの神速で動き廻ったにもかかわらず天辰葵はまるで疲労した様子も、もう痛みに苦しむ様子もない。
その様子は確かに化け物としか言い表せない。
「だから何だ! すぐに……」
と、一呼吸して一瞬でも離れることが出来ればまだ幻惑の力で幻体に、と丁子晶は考えるがそれは甘かった。
「これなーんだ」
と、天辰葵が見せたのは丁子晶の財布だった。
これでもかと、お札を詰め込んだぱんぱんに膨らんだ丁子晶の財布。
スカートのポケットにしまい込んでおいたはずの財布がいつの間にかに、天辰葵の手の中にある。
ここまで膨らんでいれば、それを探し出すのもさぞ容易だったことだろう。
「い、いつのまに!」
「実体であれば抜き取るのもたやすいよ。幻惑? 幻術? よくわからないけど、とにかくそれに頼り過ぎだね」
天辰葵はそう言った。
「くっ、くそ!」
そして、丁子晶の持つ有名百銭にひびが入る。
有名百銭は財布に入っている金額により強化される。されど、財布の中身が尽きれば自ら自滅する。
「こ、こんなことで……!」
と、丁子晶が天辰葵の持つ自分の財布に手を伸ばすが、神速の天辰葵を捕らえることなど不可能だ。
そして、丁子晶の最大の失敗は財布を取り戻そうとすることではなく、いち早く離れることだった。
未だ月下万象と有名百銭はつばぜり合いの状態にあるのだから。
「アイドルになったら、応援するからがんばりな!」
その言葉と共に天辰葵は月下万象に力を籠める。
それで、それだけで金銭による強化を失った有名百銭は粉々に砕け散る。
「金の切れ目が縁の切れ目ー」
酉水ひらりはそう無気力に言い放ち、ぱたりと床に倒れた。
この瞬間、また一つ運命が役目を終えたのだ。
デュエルが終わった次の日、晶は葵に文句を言いに食堂を訪れる。
「約束が違う! 負けた時の命令はバニーガールの衣装を着るはずだったじゃないか! それを! それを!!」
と、メイド服姿の葵に文句を言う。
「それは私を騙した罰だよ。似合ってるじゃん、男の制服も」
晶は、今、ちゃんと男子の制服を着ている。
それは葵が晶に命じた命令は、女装するな、だったからだ。
晶は恨みがましいように葵を睨むが、葵は既に晶のことなど気にしてはいない。
月子がもうすぐ来るからだ。
メイド服に着替えた月子が。
葵はそれが本当に楽しみで仕方がない。
━【次回議事録予告-Proceedings.43-】━━━━━━━
とある条件で丁子晶から大金を受け取った酉水ひらり。
丁子晶から出された条件とは。
やる気がない守銭奴酉水ひらりはどう動くのか。
━次回、甲斐性なしの竜と能ある鳥は金を稼ぐ.01━━
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