【Proceedings.32】嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.04
学園中央の池の前で天辰葵と巳之口綾、卯月夜子と申渡月子が向かい合う。
天辰葵と巳之口綾はまるで狂犬のように卯月夜子を睨んでいる。
それを嘲笑うかのように、優雅で魅惑的に卯月夜子はバニーガール姿で恥ずかしげもなく堂々と立つ。
申渡月子だけが少し戸惑いながらその場に立つ。
「卯月夜子は天辰葵にデュエリストとして決闘を申し込むわよん!」
「天辰葵は卯月夜子との決闘をデュエリストとして受ける!」
そして、デュエルの宣誓がなされる。
大きな地響きと共に、学園中央の、もう湖と言ってしまいたいほどに大きな池が二つに割れる。
水しぶきを上げ、水煙を四方に飛ばしながら池が大きく割れていく。
そして、水底に眠っている円形闘技場が、観客席を伴ってせり上がってくる。
それと同時に魔法のように聞くものを魅了し、その調和の取れた感動的で繊細でいて力強くもある完璧なハーモニー音色の歌声が聞こえてくる。
円形闘技場少女合唱団だ。
「決闘決闘決闘決闘! その時が来たー!」
「決闘決闘決闘決闘! 今こそたちあーがれー!」
「決闘決闘決闘決闘! 雌雄を決するときだー」
彼女らは誰もが逆光となっておりその素顔を見ることはできない。
だが、彼女たちの芸術品のようなコーラスだけは本物だ。
歌詞はともかく、その歌声だけは本物だ。
荘厳な雰囲気の漂う重々しくも静寂でいて神々しい、そんな部屋に黒い皮張りの椅子の上に今は誰も座っていない。
その部屋の主、戌亥道明は既に観客席側の入口に猫屋茜と共に待機している。
その戌亥道明の持つ絶対少女議事録の『議事』の文字が凄い勢いで様々な文字へと変化していく。
そして、最後に『疑似』と言う漢字に収まる。
今ここに絶対少女議事録は絶対少女疑似録となった。
デュエルの、決闘の、一つの運命と決別するときが、雌雄を決するときが、その虚偽に満ちた幻想が始まったのだ。
卯月夜子は申渡月子の手を、魅惑的に引き円形闘技場への階段を登る。
申渡月子も戸惑いながらも卯月夜子に手を引かれ階段を登る。
天辰葵以外に初めて手を引かれ登る階段は、申渡月子にとって奇妙で少し背徳的な雰囲気を感じさせる。
それでも申渡月子は姉を探すために力強く手を引かれながらも自らの足で階段を登る。
その階段とは反対側の階段を、飢えた二匹の野獣のような、嫉妬と欲望で満たされた獣が二匹、それぞれ登っていく。
嫉妬と欲望まみれの二匹の獣は大股で階段を怒りに身を任せて踏みしめて階段を登る。
そして、円形闘技場のステージの上で、再び四人は向かい合う。
「会長、急なお願いにも快く受けて下さりありがとうございます」
なんだかんだで安定で安心の解説をしてくれる戌亥道明に猫屋茜は感謝を述べて実況席と解説席のマイクのスイッチを入れる。
「問題ないよ、茜君。しかし、これはまた変わって組み合わせだね」
物珍しいものを見るように戌亥道明は言った。
事前に聞かされたメンバーに戌亥道明ですら驚きを隠せなかった。
まず申渡月子が卯月夜子のデュエルアソーシエイトになっていることに驚き、あの巳之口綾が天辰葵のデュエルアソーシエイトになっていることに驚愕を隠せなかった。
「そうなんですよ」
猫屋茜も驚きつつも、嬉しそうに同意した。
その四人は今、闘技場のステージでにらみ合ったまま動かない。
それぞれに心を整理する時間が必要なのかもしれない。そんな雰囲気をしている。
この時間に戌亥道明はあまり意味がない、今日は特に意味がない刀の解説を終わらせてしまおうと考える。
「まあ、先に刀の説明をしようか、どうせするんだろ?」
「はい!」
と、猫屋茜が元気よく、当然とばかりに返事をする。
「とは言ってもな。月下万象の方はもう知っているだろう?」
月下万象、つまり天辰葵はこのところ連戦連勝続きだ。
そのデュエルアソーシエイトは今日以外はずっと申渡月子だったため、天辰葵が持つ刀は月下万象だった。
もう観客も月下万象の解説も聞き飽きている頃だろう。
「でもこの間、月は太陽でどうのって……」
猫屋茜は前回の戌亥道明が言った言葉を思い出して、そう聞き返す。
「その話はどうでもいいよ。でだ。問題は綾君に宿る神刀だけどね」
戌亥道明は猫屋茜の質問には答えようとしない。
その代わりとばかりに難しい表情を見せる。
巳之口綾に宿っている神刀はいろんな意味で戌亥道明も興味深い。
「はい! 私は初めて見るんですよ!」
「実はボクも初めてなんだ。というか、どんな神刀が宿っているか、誰もしならない。恐らく綾君自身知らないだろうね」
戌亥道明は少し楽しそうにそう言った。
そして、神刀の説明を聞きたい観客は毎回こんな気持ちなのだろうと、勝手に戌亥道明は想像する。
「え?」
「結構長い間、綾君はデュエリストをしているんだが、それでも今回が初のデュエルアソーシエイトだよ。ボクとしてもとても興味深い」
そう言って戌亥道明は笑った。
どんな神刀が召喚されるのか、巳之口綾というその身に宿っているのか、それはとても気になるところだ。
「そ、そうなんですか!?」
猫屋茜も驚き、そして、興味が湧いてくる。
どんな神刀であるかもデュエルの醍醐味でもあるのだから。
今までに見たことの無いような神刀が見れるのだろうと。
「うん。これが正真正銘の初めてのはずだ。どんな神刀が眠っているんだろうね」
「それは楽しみですね! じゃあ、決闘者のほうを紹介お願いします」
「ああ、まだしばらくにらみ合いが続きそうだしね。正直、今回は夜子君に勝ち目はないよ」
まだにらみ合って動かないでいる四人を見て、戌亥道明もたまには解説も役に立つものだと思い知る。
今にらみ合っている卯月夜子を除いた三人は、まだ心の整理がまだついていない者たちばかりなのだ。
ただ戌亥道明の言葉通り今回のデュエルは卯月夜子が圧倒的に不利であることは変わらない。
「そうなんですか?」
「夜子君は特殊な跳躍で相手を翻弄するデュエルスタイルなんだけど、相手はあの葵君だ」
天辰葵の神速の前に、卯月夜子の跳躍など狙ってください、と言っているようなものだ。
普通に考えれば勝負にもならない。
相性が悪すぎる。
「たしかに葵さんの神速の前に跳躍は…… それは不利ですね」
夜子がどんなに素早く跳躍しようと、葵はそれを上回る速度で移動し空中にいる夜子を迎撃することが可能なのだ。
夜子の得意とする跳躍を封じられては手も足も出ないだろう。
「とはいえ、夜子君も歴戦のデュエリストだ。勝つ見込みがあるからこそ行動しだしたのだろうね。あの夜子君だからね。そこは楽しみだよ。さあ、神刀召喚の儀がやっと始まるようだよ」
卯月夜子はとても計算高い女であること、戌亥道明は知っている。
勝算もなく勝負を仕掛ける人間ではない、と、戌亥道明はそう確信している。
戌亥道明はそれを楽しみにし、どうなるのか楽しみにしながら神刀召喚の儀式を見守る。
いつまでたってもにらみ合ったままなので卯月夜子は行動に出る。
申渡月子を抱き寄せる。
その行動に、天辰葵と巳之口綾が殺気立ち獣のように威嚇的な咆哮を上げ始める。
卯月夜子は抱き寄せた申渡月子、その首筋にキスをする。
魅惑的なまでに申渡月子を仰け反らせ、その美しい肢体をじっくりと眺め、最後にその首に唇を這わせ、扇情的にキスをする。
「んっ……」
と、キスされた瞬間、申渡月子が湿った吐息を漏らす。
そして、申渡月子の首が光り輝き、刀の柄が現れる。
卯月夜子はその柄に指を撫でるように絡ませ、そして、ゆっくりと引き抜く。
「はっ…… ん……」
ねっとりと引き抜かれる刀に申渡月子も耐えきれずに声を吐き出す。
そして、卯月夜子が神刀、月下万象を抜き天にかざす。
「月の下では何事も仔細なし! 月下万象!」
その様子を二匹の獣が嫉妬に駆られ唸るように見ていたのだが、唐突に天辰葵は怒りに任せて巳之口綾のタイツを引き下げる。
タイツ? ストッキング? いや、黒タイツだ。
冷え性の巳之口綾はストッキングではなく厚手の黒タイツを履いている。
それを急に引き下ろされた巳之口綾は悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃぃっぃいぃぃぃ、な、なにするのぉぉぉぉぉ!」
そして、引き下げられ露わになった白い内腿に、天辰葵は荒々しく無理やりキスをする。
「ひゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と、巳之口綾が溜まらず声を上げ、そして、光り出て来た柄を雑に力任せに一気に引き抜く。
それを天に天辰葵が掲げようとする。
が、掲げられない。
それは天辰葵の掲げた手から垂れ下がっていた。
蛇腹剣。
刃が短く分割され、幾重にもなり、それらをワイヤーでつなぎ留められた特殊な武器だ。
刀と呼んでいい物かどうかも不明だ。
しかも、この蛇腹剣は刃の一本一本が異様な、蛇の骨のような、蛇の背骨からあばら骨を抜いたような奇怪な形をしている物に剃刀のような刃がついている。
流石の天辰葵も困惑する。
ただ心の中に浮かんできた神刀の名だけは宣言しないといけない。
「蛇の道を究めん! 蛇頭蛇腹!」
そう宣言した後、流石の天辰葵は冷や汗をかき始める。
この奇怪な武器をどう扱っていい物か、それすらわからない。
「あれは…… 蛇腹剣って奴なのか? 実在していた武器なのか?」
戌亥道明もその刀と呼んでいいかどうかも不明な武器を見て驚いていた。
「な、なんですか、あの鞭みたいなものは!? あれも神刀なんですか?」
猫屋茜も見たことのない刀に驚きを隠せない。
「これは…… 勝負の行方が分からなくなったな。あんな刀では葵君の神速も意味ないだろう」
神速で動ける天辰葵にとって鞭のようなその剣はあまりにも相性が悪い。
むしろ、この武器を振るうときは立ち止まらないとまともに振ることもできない。
この蛇頭蛇腹という蛇腹剣は、天辰葵の最大の武器である神速を封じてしまうものでしかない。
「それはそうですね」
猫屋茜もどうなるかわからないデュエルに固唾を飲み込む。
「ねえ、綾」
当事者の天辰葵は嫌な予感をひしひしと感じていた。
ただでさえ扱いにくそうな蛇腹剣なのに、その刃の部分から透明で粘度がある液体がだらだらと垂れてきている。
「どうしたの」
と、巳之口綾が黒タイツをこっそり履きなおして不思議そうな顔を天辰葵に向ける。
「この刀…… なんか透明な液体が滴ってるんだけど…… もしかして毒? とか?」
神刀の名からもしかしたら、この液体は毒なのではと予想した天辰葵は巳之口綾に確認しておく。
振り回さないといけないこの武器で、武器自体から毒が滴っているとなると、一番その毒を被る可能性があるのは天辰葵自身だ。
ただ扱いにくいだけでなく、非常に扱いにくい武器になることだけは間違いがない。
「いいえ、違うわ。わたしも自分に宿った刀を初めて見たけれど、直感でわかるわ。それは毒ではないわ」
巳之口綾はそれを毒ではないと断言した。
自身の身に宿っていただけに確信があるのだろう。
「じゃあ、なに?」
「わたしの涎よ。女の衣服のみを溶かす。わたしの涎よ。あまりにも月子様を舐めたいがために、そう進化した、わたしの唾液よ……」
巳之口綾はそう言った。自信満々に言い切った。
信じられない言葉だったが、巳之口綾はそう言ったのだ。
自らの涎、つまり唾液であり、女の衣服のみを溶かすものだと。
「えぇ……」
流石の天辰葵も顔を引きつらせる。
巳之口綾の言葉が真実であるのならば、この武器を振り回すだけでいずれ裸になってしまうということだ。
ついでに天辰葵は変態ではあるが露出狂というわけでもない。
「んん?」
卯月夜子もその魅惑的な笑みを曇らせた。
そして、若干ではあるが天辰葵から距離を取った。
「なんですかその非常識な刀と涎は……」
申渡月子が頭を抱えるようにそう言った。
「待ってくれ、綾」
そして、慌てて天辰葵が巳之口綾に確認する。
「なにを?」
「これで攻撃したら、あの魅惑的なバァニィスゥツゥが溶けるってこと?」
「そう…… なるわね」
と、巳之口綾もそれを認める。
「この勝負…… 勝てないかもしれない」
天辰葵は覚悟を決めた。
天辰葵にはあの魅惑的なバニースーツを溶かすようなことはできない。
さらにこの蛇腹剣では得意の神速も活かすこともできない。
まさに万事休すという奴だ。
━【次回議事録予告-Proceedings.33-】━━━━━━━
驚愕の刀の前に敵味方かかまわず困惑する。
首跳ね兎が跳ね、蛇の牙を持つ竜が戸惑う。
運命は蠢動し、どこへと向かうのか。
━次回、嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.05━━━
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