【Proceedings.31】嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.03

「月子ちゃん、どうするか決まったかしらん?」

 再び上級生用の教室に呼び出された月子は、場違いなバニーガール姿をした夜子からそう聞かれる。

 なぜこの人はバニーガールなんだろうと、月子は疑問に思うが考えるだけ無駄なのだろう。

 もしかしたら、姉の趣味なのでは、と、月子は考えてしまう。

 あの姉ならないとも言えない月子がいる。

 今どこで何をしているかはわからないが、今もきっと能天気にしていることだけは確かだと、こちらの心配など無意味なほどに能天気にしているのだと、月子はそう思うことにしている。

「いいえ、まだ迷っています」

 月子は結局、決断できずにいる。

 合理的に考えれば、夜子のデュエルアソーシエイトになるほうが良いのだろう。

 だからと言って、葵を裏切る気にもなれない。

 ただ月子の性格上、葵と夜子、二人のデュエルアソーシエイトになるという選択肢だけはない。

 デュエルアソーシエイトはただのアソシエイトではない。

 運命的なつながりを持つ、言わば運命共同体のようなものだ。

 それは牛来亮と丑久保修の関係性を見ればわかるだろう。恋仲でなくとも濃い仲、運命を共に歩むものなのだ。


「迷うことあるの? あなたが葵ちゃんを好きだっていうのなら、仕方がないのけれども。そうではないのであれば何を迷うことがあるのん?」

 そう言って夜子は、試すようで魅惑的な微笑みを月子に向ける。

 その笑みは、葵と違い何か含んだ魅惑的な笑みだ。

 その笑みを見ていると、夜子は月子の姉である恭子を探し出そうとはしているが、それだけではないかのように、どうしても感じられてしまう。

 夜子の笑みは、月子にそう思わせ惑わせる何かがある。

「友人として、恩人として、葵様にはもちろん感謝はしていますので、そう割り切れるものではないです」

 月子は月子なりに、葵には感謝してもしきれないと思っている。

 月子はデュエルも生徒会執行団に入るのも、拒否してきた。


 その代償は孤独だった。


 まかさ再び食堂で友人とお茶をできる機会が来るとは思いもしていなかった。

 それを考えれば葵は月子にとって救世主のような人物だ。

 だからこそ、自分に気持ちがないからこそ、葵の気持ちには応えられない。

 そう考えている。


 それはそれとして、月子が葵を裏切れるわけもない。

 それと同時に葵を巻き込むのも避けたい。

 デュエルは、月子にはどうしても、とても歪んでいるもののように思える。

 だから、月子自身はデュエルには徹底的に関わらないようにしてきた。

 それに葵を関わらすなど、月子は出来れば避けたいと考えている。


「なるほど…… 月子ちゃんは迷っているのね。合理的には私と組みたいけれど、葵ちゃんを裏切るのは嫌だ、って、ことなのん?」

 それを夜子にすぐに見抜かれてします。

 だが、月子はそれを隠しも恥じたりもしない。

「そう…… なのかもしれません」

 ただ自分がどうしたいのか、それが月子自身にも分からない。

 判断が付かない。

 葵のことを考えると、どうしても尻枕と言う意味不明な言葉が付いて回って月子の思考を停止させてしまう。


「なら、デュエルで決着をつけるしかないわよねん?」

「そう…… なるんですか?」

 たしかに一理ある。

 月子自身でも決められない。

 デュエルで決めてしまうのは確かにありな気が月子もして来てしまう。

 あれほど歪んでいると思えていたデュエルなのに、いつの間にかにデュエルに関わってしまっている。

 また、今までデュエルはそういう使われ方をしてきたのだから、とそれを認めてしまう自分にがいることに月子自身も気づけないでいる。

 デュエルに関わりたくない、そう考えているはずなのに、決められないならデュエルで決めてしまいたい、どうしてかそういう気持ちが月子の中でなぜか芽生え始める。

「私と葵ちゃんでデュエルをして、勝った方に着けばいいわよん」

「そんな…… 節操がないことなんて」

 たしかに節操がない。

 けれど、自分で決められない以上、そうやって決めるしかないのかもしれない。

 夜子の魅惑的な笑みが月子をも惑わせる。

「元々、あの闘技場はそう言うものだったのだから、神前で勝負をつけ、訣別させるための場所、だったのですからん」

「そうなのですか? 私は元々は神に舞を見せるための物だと……」

 月子は自分で、そう言っていて、自分で言ったその言葉に違和感を覚える。

 そんなことをどこで聞いた話なのか、まるで思い出せない。

「あら、そうなの? そんなことどこで聞いたのん?」

 その問いに月子は何も返せない。


「どこ…… で…… なんでそれが今は決別闘技場などに……?」

 あの舞台は神に舞を見せるための舞台だったはずだ。

 なのに、いつの間にかになにかと決別するための闘技場へと変わり、今はただの水底に沈む名もなき闘技場になり果てている。

 いつから、どうして? 月子は自問自答するが、どうしてもその答えが出てこない。

 知っているはずなのに、なぜ知っていたのか、その答えがどうしても出てこない。

「まあ、今はそんなこと、どうでもいい話でしょう? 私と葵ちゃんでデュエルをして、月子ちゃん。あなたはその時、どっちのデュエルアソーシエイトをするのかしらん?」

 夜子に言われると月子も円形闘技場の本来の役割など、そんなことはどうでもいいと思うようになる。

 それにどちらのデュエルアソーシエイトなるか、そっちの決断のほうが今は大事なのも確かだ。

「それは……」

 と、月子の言葉は続かない。

 選べるわけもない。

 同じく姉を探したいと願っている姉の親友と、自分を助けてくれた恩人だ。

 月子が選べるわけがない。


「もちろん私ですよね? 月子ちゃん?」

 夜子は魅惑的に微笑み、今度は私が先に言ったとばかり、月子を試すように見つめる。

「……」

 その言葉に月子は何も答えられない。




「そう言うわけで、葵様、夜子様とデュエルをお願いします」

 事情を話し、月子は葵に頭を下げた。

 それに対して、巧観が驚いたような顔して心配そうに聞き返してくる。

「月子、どうしたの? そんなの月子らしくないよ?」

「わたくしも…… 正直どうしたらいいのか、迷っています…… そんな中、デュエルで決着をつけると言うのは間違いではない気がして……」

 そう言っている月子自身が目を伏せる。

 良いように夜子に言いくるめられた気がしてならない。いや、夜子の言っていることも間違いではない。

 それとはまた別の、何らかの運命的な強制力を月子も感じている。

 結局はデュエリストとして、月子もデュエルに携わる運命の元にあるのかもしれない。


「そこじゃないよ、月子が夜子さんのデュエルアソーシエイトをすることろだよ! 見て見なよ、葵が現実を受け入れられなくて呆けてるよ」

 その言葉に、月子はなんとなく見れなかった葵の顔を見る。

 そこにいつも通りの葵はいなかった。

 巧観の言う通り、そこにいたのは呆けている葵だ。普段の優雅に笑顔を絶やさない葵の姿はそこにはない。

 その顔を見ていると月子の胸がギュッと苦しくなる。

「う、あ…… つ、月子…… 月子……」

 葵はうわごとのように月子の名を呼んでいる。

「ほら、デュエルなんかする前から、もう葵が再起不能だよ!」

 たしかに巧観の言う通り、これではデュエルどころではない。

「これは…… 困りましたわね」

 まさか葵がここまでなるとは月子も考えてはなかった。


「それに葵だよ? 月子が敵になったら、月下万象を折ることなんてできるわけないじゃないか!」

「それは……」

 巧観の言葉に月子は答えることができない。

 葵なら、確かに月下万象を折ることを躊躇するだろう。

 月下万象を折れば月子は気絶するほどの衝撃を受けるのだから。

 ただ、月子は自分にそれ程の価値があるとは思ってはいない。


「だって、それが狙いですよん」

 そう言って颯爽と、なにより扇情的にバニーガール姿の卯月夜子が食堂に堂々と現れる。

「夜子様……」

「バァニィガァル!! 敵のバァニィガァル!! 敵なのにバァニィガァル!!」

 葵が急に椅子から勢いよく立ち上がり目を血走らせてそう叫んだ。

 バニーガールに興奮はしているが、今は完全に敵視しているようだ。

 葵が鋭い目つきで夜子を睨む。

 が、視線が少し下向きなのはやはり網タイツを見ているかなのかもしれない。

 今も網目から覗く白い肌の雪景色を、網目の窓から見ているかなのかもしれない。

「ほら、葵が壊れちゃったじゃないか!」

 巧観がそう言って、葵を落ち着かせようとするが、それで葵が落ち着くわけがない。

 邪魔をするなとばかりに葵は、巧観を振り切り、夜子の網タイツを卑しく凝視しだす。

「それは元からな気もしますが…… 夜子様はそのつもりでわたくしをデュエルアソーシエイトに選ばれたんですか?」

 月子は睨むように夜子を見て、夜子と対峙する。


「一番の理由は、恭子を探し出すため。二番目の理由は月下万象は私の愛刀だったこと。三つ目の理由が葵ちゃんが戦い辛いだろうと思ったんだけど、想像以上だっただけねん」

 と、夜子は少し呆れるように今の葵を見た。

 ついでにサービスとばかりに太ももを葵に見せつけたりする。

 葵はそれを目を開きまじまじと観察する。

 月子はそれらを目に入れない。

 頭痛が始まるからだ。

「夜子様、これは無理ですよ。勝負になりませんよ」

 と、月子が申し出る。

 ただ勝負として葵に勝つだけでよいのなら、それもいいのかもしれないが、月子からすればこんな決着ではわだかまりしか残さない。

 月子からしても迷いを断ち切ることなどできない。


「なら、勝負になるようにすればいいだけじゃない? 私と月子ちゃんに…… そうね。もし勝てたら私のこのバニーガールの衣装を月子ちゃんにプレゼントするわよん」

 夜子はそう言って、品をつくり挑発するように葵に向かい、ついでに投げキッスまで飛ばす。

「バァニィガァル!! バァニィガァル!! バァニィガァル!!」

 それに対して、まるで何かの動物の鳴き声のように葵が叫ぶ。

 そこに何一つ知性を感じさせない。

 野性的な何かを今の葵からは感じさせる。

 月子もまさかここまでになるとは思ってもいなかった。

 ただ、夜子への敵意だけはあるようで、夜子を凝視している。

 いや、ただ単にバニーガール姿を見ているだけかもしれないし、月子のバニーガール姿を想像して興奮しているだけかもしれない。

 それほど今の葵は野生に帰ってしまっている。


「あ、葵がまた別方向に壊れた!?」

 巧観が哀れみながらそう言った。

「な、なら…… 葵のデュエルアソーシエイトは、わ、わたしがするわ……」

 そう言って、物陰からぬるりと巳之口綾が現れる。

 なぜか妙に頬を染めているところを見ると、綾ももしかしたら月子のバニーガール姿を期待しているのかもしれない。

「綾!?」

 と、葵がそう言って綾を見ると、綾も賛同するように力強く頷いた。

 思うとこは一緒のようだ。


「決まったわねん」

 と、夜子が無理にでもまとめようとする。

「ちょ、ちょっと待ってください! わ、わたくしはバニーガールの恰好何てしませんよ?」

 顔を赤らめて、月子が言うが、

「バァニィガァル! 月子のバァニィガァル!! 私のバァニィガァル!!」

「くふふふふ、月子様のバニー姿…… 楽しみね……」

 と、葵と綾は既にやる気になっている。

 これを辞めさせることは月子にも手に余ることだ。


「この人達の喜びを奪うつもりん?」

 珍獣でも見るような眼で葵と綾を見た後、夜子は月子に向き直りそう言った。

「なんで…… わたくしの周りにはこんな、こんな変な人達しかいないんですか……」

 月子は頭に手を当てて、心の奥底から絶望しそう言った。




━【次回議事録予告-Proceedings.32-】━━━━━━━



 様々な思いと欲望を乗せて、運命が蠢動しだす。

 兎と竜が月をかけて決闘する。



━次回、嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.04━━━

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